私はどうしたらいいのだろう……。
1時間2時間もしくはそれ以上、そのままぼんやりしていたが、ようやく立ち上がる。
今日の夕飯を作らないと。
フレンは今日も疲れて帰って来るんだから、元気の出るメニューを。
そうだ。昨日馴染みの八百屋で手頃な値段の南瓜を買ったから、スープでも作って……それから、ポークもあったから……。
ただメニューを考えているだけなのに、じんわり涙の膜が張る。
最後にユーリのために料理をしたのは、いつだっただろう。
彼の手料理を最後に食べたのは、いつだっただろう。
料理の途中で私は作業を放棄した。
「ただいま」
どこか遠くで声が聞こえる。
「カルディナ?」
どこか遠くで誰かが呼んでる。
顔を上げることも、声を出すことも億劫で、そのままぼんやりうつむいていると肩を掴まれた。
「カルディナ、大丈夫!? どこか具合が悪いのか!? ただ疲れただけなら、ベッドで休んで……」
「フレン……」
ようやく顔を上げ、自分の瞳にフレンを映すと、それがきっかけであったかのように涙が次から次へとこぼれてきた。
「カルディナ!? 一体何があったんだい?」
「……が」
「え?」
「ユーリが、来たの……」
ただそれだけでフレンは察したのだろう。
眉尻を下げ、けれど口元に微笑を携え一つ頷いた。
「カルディナ」
それから私の名前を呼ぶ。
泣きわめく子どもに言い聞かせるような声音だった。
「な、に……?」
「帰ろうか。送って行くよ」
優しい優しい声に頷きそうになり、慌てて頭を左右に振った。
ただの意地だけど、私はユーリが謝ってくるまで帰らないと決めた。
だから、今ここで素直に帰るわけにはいかない。
「カルディナ、ユーリと仲直りがしたいんだろう?」
「そ、れは……」
そろそろ限界なのは確かだった。
今日ユーリに会った時の感情を思い出すとよくわかる。
腹が立ったのも確かだが、嬉しくて安心したのも本当の気持ちだった。
「僕がついていってあげるよ。一緒に謝ろうか」
「でも……」
手を重ねて、笑みを交えて、それから……。
ユーリとしたいことが次から次へと浮かんでくる。
まるでユーリ欠乏症だ。
「……やだ、帰らない」
「カルディナ……」
「迷惑なのはわかってるつもり。だけど、フレンと一緒にいたい。側にいさせて」
懇願すれば、フレンはしばらく黙っていて、それからゆっくり頷いた。
「これには恋愛感情がないから、安心してね」
そう前置きをすると、フレンは遠慮がちに私を抱きしめた。
母親が子供にするような、家族愛に満ちた腕。
乱れ、深く落ちた心を引き上げるように背中をさする優しい手。
好きなだけ泣いていいよと蕩けるように甘い囁きがそこにあった。
ポロポロと零れる涙がフレンの肩を濡らす。
私の泣き顔を見ないと約束するように腕の力が強くなった。
「あ、りがと……」
「さあ、何のことかな」
「……ありがとう、フレン」
「ふぅ。じゃあ、どういたしまして」
やれやれと言った調子でそう言うフレンは優しすぎる。
今はそれがとても嬉しい。
「フレン、私は――」
「その続き、言わない方がいいよ。それは本当の決別になるから」
「……ごめんね。利用して」
「カルディナなら大歓迎だよ。君は何もかもを背負いこもうとするからね。たまには周りに甘えればいいんだよ」
そんなこと許されないと思う。
許されたらいけないと思う。
厳しく突き放してほしい。
そう望む一方でそんな現実が怖くて拒絶してしまう。
そんな私をわかってくれるフレンの存在にどれだけ救われているのだろう。
緊張のため、口の中が乾燥してくる。
けれど、言おう。
「お願い、フレン。ユーリと話をしてきて」
「何を話せばいいかな。君が本当はユーリを待っていること? それとも」
「……あの日の、こと」
喉に貼りついていた言葉が、怖くてたまらない言葉がようやくこぼれ落ちた。
真実を知りたくない。
けれど、知らなくてはならない。
私が……私たちが、歩き始めるために。
「明日、行ってくるよ」
「ごめんね」
「謝るくらいなら頼まないこと。僕は君の力になれて嬉しいって思ってるんだよ?」
「……ありがとう」
「どういたしまして。さあ、とりあえずご飯にしようか」
そう言われてはっと気づく。
ご飯の用意はできていない。
「ごめん、フレン。私……」
「久しぶりに僕が作るよ。リクエストは?」
「……ハンバーグ」
「だと思った。いつも通りでいい?」
「うん」
フレンの作るハンバーグは特別美味しい。
同じレシピを見て作っても何故か味が違う。
フレンのアレンジが悪い意味で凄いのは知ってるけど、あれだけは別。
「ほら、カルディナも手伝って」
「うん!」
2014/11/22
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