※フレン視点
ぎこちないカルディナの笑顔に見送られて、僕は家を出た。
いつもと同じように歩いているつもりが、緊張のためか不自然な足取りになっていた。
花に水をやっている奥さんにそう笑い声で話しかけられて自覚した。
僕は緊張しているんだ。
ユーリと会うことに?
カルディナの言葉を伝えることに?
彼女と彼の関係が何かしら変わってしまうことに?
それとも……。
どれもが正解で、どれもが不正解に思えてくる。
緊張の塊を無理やり飲み込み、目的地へと急いだ。
ほんの少しの逃げ出したくなる自分を叱り、彼方へ追いやる形でため息をついた。
「ユーリ、いるかい?」
ノックの後でそう声をかける。
返ってきたのは、沈黙。
留守なのだろうか。
安堵してしまった僕は最低だと思う。
「オレはフレンに用ねえぞ」
扉が開いて聞こえたのは、いつもより低い声。
どうやらかなり重症らしい。
こんなになる前に頼ってくれたらいいのにと思いつつも、僕のところにカルディナがいるから悩みの一つも言えなかったのだろう。
「僕には大事な用事があるんだ。お邪魔するよ」
「……すぐ帰れよ」
一応は招き入れてくれた。
勝手に椅子に座ると、お茶を目の前に出された。
何だかんだ言いながら、ユーリも僕と話をしたいのかもしれない。
カルディナの今を知りたいのかもしれない。
「ユーリ、カルディナのことだけど」
「お前らが望むなら、いつまでも二人で幸せに暮らせばいいじゃねえか」
殴ってしまいそうになった。
彼の本心ではないとわかっていても、カルディナの状態を知る僕は咄嗟に動いた右手を抑え込んだ。
深いため息をゆっくり吐き出すことで、感情のままに連ねてしまうであろう言葉押し込めた。
「ユーリ」
「説教なら聞く気ねえぞ。追い出す」
カルディナがそれを許してくれるなら、何時間だって説教してやる。
君はどれだけ愚かなことをしているのかってね。
「僕にその資格はない。それより、君は……何をしたんだい?」
「何?」
「カルディナを怒らせるようなことだよ。記念日を忘れていたとか」
「カルディナはそんなものに無頓着だぞ」
そんなこと知っている。
わかっていて言ったんだ。
心当たりがないのか知りたいだけだ。
「じゃあ、何をしたのか聞かせてくれ」
「……何もしてねぇよ」
その顔に嘘の色は見えない。
カルディナの言葉を借りるなら、ユーリは無意識に浮気をしていたのだろうか。
まさか。
ありえない。
そんなことあるはずがない。
僕はよく知っている。
ユーリはカルディナを愛している。
それは時々鬱陶しいと思うほどの態度で。
ため息を一つ。
僕はカルディナから聞いていた日付を持ち出した。
それを聞いてもユーリに変化は見られない。
しばらくの時をはさんで、彼は「ああ」と声を上げた。
「あれか。マイ姉と久しぶりに会った日か」
「マイ姉……って、あのマイ姉さん?」
「ああ」
僕らが子どもの頃よく面倒を見てくれた5つ年上の女性だった。
2、3年前に結婚してハルルに住んでいたと聞いていたけれど。
「こっちに来てたんだ」
「ああ。子どもが生まれるからって里帰りだとさ」
「へー、僕も久しぶりに会いたいな」
「会いに行っても大丈夫だろ。マイ姉はフレンなら大歓迎って言いそうだし」
「君は大歓迎ではないわけだ」
そう返せば、ユーリは黙ってしまった。
子どもの頃の色々なんて、大人になれば関係ないのに。
……あれ?
「君といる時、マイ姉さん気分悪くなったりした?」
「ん? ああ、貧血みたいな感じでな。家まで送ってった」
カルディナが見たのはこれだ。
妊娠中のマイ姉さんになら、ユーリは当然優しく接するだろう。
ほっと安心したと同時にこんなものだろうと再確認している自分がいた。
確かにカルディナが知らない女性に優しくしているユーリを目撃したら勘違いもしてしまうだろう。
「ユーリ」
「ん?」
「カルディナには優しくしないとダメだよ?」
「いっつも優しくしてたつもりだけどな」
「いつも以上にだよ」
「んー……わかった」
それを聞くと安心する。
まあ、ユーリはカルディナにべた惚れだから心配ないか。
心が軽くなったところで帰ることにする。
「僕はこれで」
「もう帰るのかよ」
「……寂しい?」
「殴るぞ」
「言葉と同時は遠慮したいね」
左のストレートをかわし、やれやれとため息をつく。
少しは元気になったみたいだ。
「明日」
「ん?」
「明日、カルディナを迎えに来てくれないか?」
「……」
「ユーリが悪いわけじゃないけど、カルディナを不安にさせるのは駄目だよ」
「わかった。迎えに行く。で、マイ姉のこと説明したらいいんだな」
ユーリもちゃんとわかってる。
ほんの少しのすれ違いなんてすぐに直せるんだ。
彼らは『夫婦』なのだから。
***
「カルディナ?」
「お帰りなさい、フレン。ありがとう、ごめんね」
いつもより愛らしく、泣きはらした笑顔で迎え入れてくれる。
「カルディナ……」
溢れるのは友愛の感情。
こんな友人を放っておくことはできない。
「大丈夫だよ、カルディナ。明日ユーリが迎えにきてくれる」
そう告げれば彼女は体を大きく震わせた。
「大丈夫。ゆっくり話をしよう? 僕も一緒にいるから」
「うん……」
彼女の不安も悩みもきっとすぐに消えてなくなる。
わりと楽しかった同居生活も今日で終わりだ。
ほんの少し寂しくて、けれど親友たちの仲直りが何より嬉しかった。
オリジナルキャラの名前は悩んだ結果、エステル役の中原さんからお借りしました。2015/09/06
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