眩しい朝日に目を細め、私は目覚めたばかりの気だるい体を起こした。
清々しい朝なのに、何となく動きが重い。
鈍い。
布団の中に潜りたい。
それは多分、昨日からフレンが帰って来ていないことが原因なのだろう。
早起きして朝御飯の用意をする必要がない。
ただそれだけで、こんなにも一日の始まりは変わってきてしまう。
寂しい、ではなく物足りない。
フレンのせいにしてても仕方がない。
私は行動を開始することにした。
適当な服に着替えて、一人分の簡単な食事を用意する。
昨日買った少し固くなったパンにジャムをつけてかじる。
何だか寂しくて、一口で止めてしまった。
薄いコーヒーで何とか食事を進めた。
一通りの作業を終えて時計を確認すればお昼前。
もうこんな時間なんだと昼食メニューを考え始める。
昼は一人の方が多いから、簡単に済ませる癖がついていた。
それ自体はそう気にすることじゃない。
すべてを完璧にするタイプじゃないから、手を抜けるところは抜く。
むしろ手抜きを極める!!
とかよくわからないことを脳内で繰り広げてしまった。
そろそろ昼食の用意をしようかなと思っていたら、訪問者を告げる音。
トントンとリズミカルに叩かれた扉に足を速めた。
「はい、どちら様――」
「よぉ、カルディナ。久しぶりだな」
「ゆ、ゆゆ、ゆ――」
意味をなさない言葉が私の口からこぼれ落ちる。
予定外の訪問者は、私の旦那様だった。
動揺を隠せないまま、反射的に扉を閉めようとするが、彼の手に阻まれてしまった。
力比べをするつもりはなく、あっさり手を放す。
「カルディナ」
「……何? フレンならいないけど」
「誰がフレンの話をした」
「だって、ここはフレンの家だから」
「ほー……。そういやこの前、城でフレンと楽しそうに話してたよな」
本題だと言わんばかりにユーリは口を開いた。
まさかあの場に彼がいたと言うのか。
嫌なところを見られたと思う一方で、何もやましいことはないから心を痛めることもないと思う。
「そう見えたならそれでいいけど、だから何?」
ここで負けるつもりはない。
挑発的にそう言えば、ユーリは若干顔をしかめた。
「……帰るぞ、カルディナ」
「嫌」
「嫌ってなんだよ」
「嫌なものは嫌よ。私はここにいる」
「フレンに迷惑かけんな。ガキじゃねぇんだから」
フレンに迷惑……そのフレーズは私の心を突く。
確かに、私がいることでフレンは色々と我慢しているだろうし、いらぬ心配をしているだろう。
行動の制限だってさせてしまっているに違いない。
フレンの優しさに甘え過ぎていたと痛感させられた。
ここは近いうちに出なければならない。
けれど、それは自宅へ帰ることを意味するわけではない。
「カルディナ」
「……やっぱり嫌」
「何意地張ってんだよ」
私はあの光景を見た時から決めていた。
『ユーリが謝ってくるまで帰らない』と。
「ユーリが反省しないなら帰らない」
「反省? 何の話だよ。オレ、何かしたか?」
「自覚ないんだ。へー……日常茶飯事的なもの?」
「だから何だよ」
ユーリにとってはその程度のことなのかと思えば無性に腹が立つ。
泣きたくなる。
ユーリの優しい手は私だけのものじゃない。
数多くいる人の……もっと言えば数多の女性の中のたった一人でしかないんだ、私は。
妻だなんて、なんて安っぽい肩書き。
今すぐ破り捨ててもいいのかもしれない。
「……帰って」
「カルディナ」
「いいから帰ってよ!! ユーリの顔なんか見たくない!!」
自分の耳にもキンと貫くような声だった。
空気が大きく変わったような気がする。
「……ああ、そうかよ。邪魔しに来て悪かったな」
氷のような声を残して、バタンと目の前で扉が閉まる。
心の中がめちゃくちゃだ。
泣きたくて泣きたくてたまらない。
その場にぺたりと座り込んで、顔を膝に埋める。
ユーリが迎えに来てくれたことは、素直に嬉しかった。
顔を見た瞬間に動揺と共に確かな安堵があった。
それなのに、ユーリを傷つけた。
自分で大きな溝を作ってしまった。
もう戻れないかもしれない時間を思うと、冷たい雫が頬を伝っていた。
2013/11/22
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