フレンに急を要する仕事が入ったのは、一昨日の夕飯の席でのこと。

重い空気を纏ったノックに体が震え、咄嗟にフレンの背中に隠れてしまった。

何故こんな風に怯えてしまったのか自分でもよくわからない。

自分の行動に動揺していると、フレンが優しく頭を撫でてくれた。


「大丈夫だよ、カルディナ」


そう言って、彼は玄関に向かう。

邪魔にならないよう、そっと覗けば、想像どおり鎧に身を包んだ騎士が立っていた。


「どうした」

「隊長、夜分遅くに大変申し訳……」

「用件だけ述べてくれ」

「はい。実は……」


家を訪ねてきた騎士は、フレンの耳元で言葉を囁く。

二言三言で終わる話ではないようだ。

お茶の用意をした方がいいだろうかと思った時、騎士は帰っていった。


「すまない、カルディナ。僕は出かけてくるよ」

「……大丈夫なの?」

「ああ、君が心配するようなことは何もないよ。ただ、少しの間帰れないから、カルディナは……」

「家のことは任せて」

「……そういう意味じゃなかったんだけど」


フレンが何を言いたいかなんてすぐにわかったけど、私はユーリが謝ってくるまで帰らないって決めたんだから。

片手を挙げて謝るようなものじゃなくて、ちゃんと頭を下げるまで許してあげないって決めている。

日が経つ毎にどんどん条件が追加されているのは気のせいに決まっている。


「帰りたくなったら、いつでも帰っていい」

「帰りたくならない」

「……君の気が済むまでいていいよ。けど、僕が帰れるのはいつになるかわからないから」

「大丈夫。こう見えても、わりと良い妻だったのよ」


さりげなく過去形にしたことにフレンは眉を顰めたけれど、気にしない。

簡単に身支度を整えて出ていくフレンを、自分で言うのもあれだけど、怪しさ満点の笑みで見送った。





***


「何の用だ」

「私はカルディナ・ローウェルと申します。フレン・シーフォさんにお会いできますか?」


丁寧なお辞儀をつけて挨拶をする。

顔を見合わせた騎士は、わずかな時をおいて道をあけてくれた。


「今すぐ会えるかどうかはわかりませんが、恐らく中庭にいらっしゃるはずです」

「ありがとうございます。無理言ってすみません」


慣れない城内を内心かなり焦りながら、ゆっくり歩く。

逃げ出したくなるような圧迫感はさすがだと思う。

思ったより早くフレンは見つかった。

小隊一つ二つの人数で何やら話しているようだけど、恐らく一般人の私が聞いて良い話ではない。

話し声が聞こえないように少し距離をとった。


「フレン!」


話が終わったタイミングで名前を呼べば、大きく表情が変わった。


「カルディナ……。君、どうして……」

「差し入れ」

「あのね」


バスケットを差し出せば、ため息をつかれた。

フレンが言いたいことは大体わかっているつもり。

それでも、一度彼ががんばっている姿を見てみたかったという好奇心には勝てなかった。


「カルディナ」

「……ごめんなさい」

「怒ってるわけじゃないよ」

「じゃあ、何?」

「隊長!」


凛とした声の主はフレンの副官である彼女のもの。

私の姿を見つけるとかなり驚いたようだったけれど、フレンの耳元で何か囁いた。


「そうか。助かった」

「いえ、当たり前のことをしただけです」


礼をして彼女は走り去ってしまった。

この微妙な空気を何とかしたい。


「あのね、フレン」

「怒ってるわけじゃないよ。そうだね……ちょうどいい時間だし、一緒にお茶でも飲まないかい?」

「え? あ、いただきます……」


今日ここに来たのは間違いだったと思い知らされるのは数日後のことだった。



2013/06/08
加筆修正 2013/09/18


 

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