趣味・仮面集め
それは、戦いの合間の出来事。
それは、幽霊船で?
ローテンブルクで?
ヴェネツィアで?
メイヘンスで?
ヴァリアント達を巻き込んだ小さな事件……?
***
「……」
最近よく見かける光景なのに、慣れない。
何となく近づけない雰囲気。
「あ、ライカ」
「……何だ?」
不機嫌そうに――実際は見た目程そうではないが――歩いていたライカを掴まえた。
「カイト、何か悩んでるんじゃない?」
「……」
ライカはアンジェの視線の先を追う。
そこにいるのは、カイトだ。
「悩んでいるようには見えないがな」
「だって、あれ変だよ」
「……確かに」
少し考えて、ライカは頷いた。
「何故、あそこで赤を使わないんだ」
「いや、色の問題じゃなくてね?」
思わずそう言ったが、今はライカのズレたツッコミを修正している場合じゃない。
「チョコレートか……」
がっくりと肩を落とすライカ。
どうやら最近カイトにあげるチョコレートを用意してなかったらしい。
「だから、それでもなくて」
まともに話が進まない。
(これだから、“ボケ担当”は……)
「お二人でどうかされたんですか?」
「何があったの?」
救世主のようにそこへ現れたのは、ガウェインとサラ。
「サラっ!」
「……私は無視ですか」
助かったと言わんばかりにサラの手を握ったアンジェの様子に寂しくなったようだ。
「ねぇ、最近のカイトどう思う?」
「カイト? どうって言われても……」
「そうですね。これと言って変わったところはありませんが?」
「見るからに怪しいでしょ!」
二人に見てもらおうと、カイトがいる方を指差した。
「……あれは、カイトくんの趣味じゃないんですか?」
「私もそう思っていたの。趣味は人それぞれだから、触れちゃ悪いのかなって」
「そうか。趣味だったのか」
ライカまで納得している。
アンジェはどうする事もできない。
「はぁ……」
深い深い溜め息を一つ。
「浮かない顔ね」
「ヘルマ」
彼女なら何とかしてくれるはず。
アンジェは、彼女の手をサラの時同様がしっと握った。
「助けて」
「……何から?」
主語も何もなく言われた言葉に首を傾げる。
少々焦りすぎていたようだ。
アンジェは深呼吸をして、もう一度言った。
「ヘルマ、助けて」
「だから、何からあなたを助けたらいいのかしら?」
アンジェはライカ達を指差した。
「?」
「私、あの人達についていけないのよ!」
「別に無理に付き合わなくてもいいでしょ」
個性的すぎるメンバーがいるこの船。
チームワークは大切だが、全部を無理に合わせなくてもいいはずだ。
「ちょっと違う」
「え?」
「ヘルマはカイトのアレをどう思う?」
「……趣味でしょ?」
やはり彼女もそう思っていたのか。
「趣味じゃないと思う……」
「だとしたら、人助け……かしら?」
「人助け?」
「カイトってそういう子でしょ」
何気なくヘルマが言ったその言葉。
今まで焦っていた心が、落ち着いた。
「そうだね。カイトは――」
「あーー!!」
叫び声が頭に痛く響いた。
誰の声かと振り向く。
「……ビスタ」
「あは。アンジェちゃん、おはよーございます♪」
「……今の叫び声は何?」
いつものように、にこにこと笑うビスタ。
何となく事情は分かった。
「ラー様が、またジェフティ様にフラれちゃいましてぇ」
「変な言い方をするな!」
分厚い本を手に歩いてきたジェフティが、疲れた様子を見せた。
どうやら、いつものようにラーに朝っぱらから付き纏われたらしい。
「ジェフティ、お疲れ様」
「全く、誰かあのバカを止めてくれ」
額に手を当て溜め息をつく姿は、13歳の少年ではなく、問題児をかかえたクラス担任のようなもの。
「この世にラー様を止められる人なんていませんよ」
ケラケラと笑うビスタ。
否定できない所が怖い。
その位置に一番近いのは、恐らくブエナだろうが。
アンジェはヘルマと顔を見合わせ、苦笑した。
「そのとーっり!! 俺の愛しい弟に対する想いは――」
「誰が誰の弟だっ!」
ジェフティは、その手にある分厚い本で殴った。
本気で。角で。
「ジェフティ〜」
「黙れ」
「ジェフティ〜」
「だ・ま・れ」
「……兄弟喧嘩みたい」
呟いた言葉に、二人がすごい勢いで顔を向けた。
「アンジェ!」
「アンジェ」
同時に名前を呼ばれたが、声音は全然違う。
ラーは、めちゃめちゃ嬉しそうに。
ジェフティは、心底嫌そうに。
「さすがだ。マイシスター」
「えっ。私もラーの幸せ疑似兄弟計画に入ってるの!?」
「当たり前だ」
はははははと、腰に手を当て笑った。
「じゃあ、これの相手は君に任せるよ」
「え゛!?」
「よろしくね、“お姉さん”?」
『兄弟喧嘩』発言に怒ったらしく、黒い笑顔でそう言われた。
「……ごめんなさい」
「何を謝っているんだい。気にしなくていいよ」
張り付けた笑みを崩さない。
アンジェは諦めた。
何を言ってもダメだと分かったから。
「ラー」
「何だ? シスター」
「ちょっと行こうか」
腕を思い切り掴んで、その場から引っ張っていく。
「ちょっと待て、シスター。まだ兄弟の時間は……」
「ラー!!」
「な、何だ」
「ラーは、私を殺したいの!?」
アンジェの口から飛び出たのは、物騒な言葉。
さすがのラーも驚いたようで、その場で固まってしまった。
「アンジェ、僕がそんな事をするはずないだろ?」
ギアを手に微笑まれても、説得力はない。
逆に、恐怖が増した。
アンジェは苦笑を浮かべ、その場を後にした。
「よぉ、アンジェ」
「あら、デートですか?」
アーサーとテレーゼが一緒にいるのが、何だか不思議な気がした。
「珍しい組み合わせだね」
「ちょっとな」
「一緒にお茶してたんです。アンジェさんもご一緒しませんか?」
「ありがとう、テレーゼ。あー、癒されるー」
「何かあったんですか?」
紅茶を差し出すテレーゼから、カップを受け取る。
香りが心を落ち着かせてくれる。
「色々とね。ジェフティからラーを預かってね」
「……」
二人は顔を見合わせた。
「なあ、アンジェ」
「ん?」
「あの……ラーさん、いませんが」
「!!」
アンジェは勢いよく振り返った。
さっきまでそこにいたはずの問題児がいない。
「……」
嫌な汗が流れた。
何だか泣きそうになる。
「アンジェさん、大丈夫ですか!?」
「詳しい事情は分からんが、俺も協力しよう!」
あまりにヒドい顔をしていたのだろうか。
テレーゼだけでなく、アーサーまで協力を申し出た。
「二人ともありがとう。大好き」
「私も好きですよ」
「ラーを捕まえれば、いいんだな?」
「うん……。生死は問わないから」
「分かった」
「分かりました」
できれば、突っ込んで欲しかった。
素早く立ち去った二人の後ろ姿を見て、思う。
今のは、完全に冗談だったのに。
「ラー……殺されたりしない、よね?」
二人がマトリクスギアを手にしていた事が気になる。
何だか殺気のような空気を感じたような。
「……気のせいだよね。ラー、頑張って!」
アンジェは握り拳を作って応援した。
応援したが、そう時間が経たないうちに“誰か”の悲鳴が、幽霊船に響き渡った。
それは聞こえなかった事にして、アンジェはカイトを探し始めた。
彼が仮面をつけている理由を直接聞こうと思ったから。
部屋を訪ねたけれど、いなかった。
甲板にもいなかった。
昏白の領域に行ったわけでもなかった。
「どこに行ったんだろ……」
船を降りたのかもしれない。
アンジェは飛天の扉へ近づいた。
「カイトさんなら、ローテンブルクに行かれましたよ」
扉付近にいるヴァリアントが教えてくれた。
アンジェは感謝し、その扉を使って、ローテンブルクへ向かう。
意外と早くカイトの姿を見つけた。
「カイト!」
見失う前に、声をかけた。
仮面をつけたままの彼が振り返る。
「アンジェ」
「カイト、その仮面って……」
「これ? カッコいいだろ」
自慢げに指差すカイト。
アンジェは仮面に詳しくないので、よく分からない。
ずっと疑問に思っていた事をぶつける事にした。
「何で、仮面つけてるの?」
「え……趣味だから」
「……やっぱり、趣味だったんだ」
仲間達が言った事は、正しかったようだ。
「ていうかさ、結構流行ってるんだぞ?」
「……仮面が?」
「そう。いろんな街でつけてる人いるし、幽霊船にも集めてたりする人がいるぞ?」
仮面を外しながら、カイトはそう言った。
「……全然知らなかった」
「アンジェにもあげようか?」
カイトが差し出したのは、狐の面。
アンジェは少々躊躇しながら、受け取った。
「……ありがと」
その後、幽霊船や街で仮面をつけたアンジェの姿が何度も目撃されたとか。
up 2008/02/28
移動 2016/01/25
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