今宵、空でお茶会を


船室を控えめにノックする音が聞こえ、ディオは顔を上げた。

本をテーブルに置き、扉へ近づく。


「はい」

「ディオさん」

「テレーゼ?」


そこには、微笑みを浮かべたテレーゼがいた。


「どうしたんだ?」

「お誘いに来たんです」

「?」

「今夜、お暇ですか?」


予定は何もなかったはずだ。

一通り記憶を探った後で、頷いた。


「でしたら、少し付き合って下さい」

「付き合う? どこへ?」

「甲板です」


高所が苦手な彼女が、穏やかな笑みを浮かべて答えた。

それは勿論不自然で、何があるのか聞きたくなる。


「何でそんな所で。他にも場所はあるだろ?」

「はい。ですが、今日はそんな気分なんです」


テレーゼがそんな気分になるなんて珍しい。

そう思いながら、ディオは頷いた。

断る理由はなかったから。


「ありがとうございます。用意が出来たら、誘いに来ますね」

「ああ」


ペコリとお辞儀一つして、テレーゼは扉を閉めた。

訪れた静寂――正確に言えば、静寂ではない。

遠くの方で自称兄が何やら叫んでいて、技(恐らく心獣解放技。間違いなくソウルリーブラ)が放つ破壊音が聞こえていたから。

相変わらず賑やかな幽霊船が好きで、自然と浮かんだ笑みのまま本の続きを捲った。



***



「星が綺麗ですね」


夜の空はやはり肌寒くて、風も強い。

飛ばされないよう、熱を奪われないよう、上着を掴んだ。


「テレーゼ、今日はどうしたんだ?」


甲板に用意された席に座り、尋ねてみた。

テレーゼは落ち着く優しい香りの紅茶をディオの前に出して、微笑んだ。


「ディオさんと空を見たかったんです。それだけ、です」
 
「空か……」


町から見れば、自分達がいる場所も空になるだろう。

薄い雲を弾く幽霊船を眺めた。


「ディオさん?」

「ん? ああ。テレーゼ、ありがとう。誘ってくれて」

「こちらこそ、お付き合いありがとうございます」


微笑んだテレーゼの頬が、どこか青く見える。


「……寒いし、そろそろ戻ろうか」

「え、まだ始まったばかり……」

「気づいてないのか? 震えてるぞ」

「……」

「続きは、部屋でもいいだろ?」


ディオは銀色の盆を手に立ち上がる。

少しだけ考えて、テレーゼは頷いた。



up 2009/11/02
移動 2016/01/25


 

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