失恋傷の癒し方


休日の午後。

天気もいいけど、あたしは出かける気にはなれなかった。

かと言って、家の中でじっとしているのも、何だか落ち着かない。

イライラした変な感情に急かされる。


「やっぱり甘い物かな……」


財布だけ持って、外へ急いだ。



それから、半時間後……。



あたしは紅茶を入れて、ケーキを食べていた。
 
扉を開く音に顔を上げれば、顔なじみにユーグがそこにいた。

特に何かを話すわけでもなく、あたしの前に座る。

その視線は気になるけど、甘い香りと味に癒されていた。

……癒されてたかどうか分からないけど。

ヤケだからね。


「質問してもいいかい?」

「あたしに答えられる事ならね」


暫く何も言わなかったユーグが、口を開いた。

あたしは手を止めて、彼の方を見る。


「アンジェ。キミは何故今、無駄にカロリーを摂取しているのかな?」

「!!」


グサッと心を刺す言葉の凶器。

手にしていたフォークがテーブルの上を転がった。

その軌跡を生クリームが辿っている。


「……ユーグ」

「何?」

「殴られたいのね?」

「……?」


よく分からないってカオが、何かを考え始めた。

天井を見ていたユーグの瞳が、あたしを見た。


「キミが言いたい事、分からないんだけど」

「あたしは、ユーグが何を考えているのか分からないわよ」

「僕の考えてる事? キミの事だけど?」

「……」


それは、間違ってないだろうね。

あたしが言いたい事を考えていたワケだから。


「乙女心が分かってないね」

「? 乙女心?」

「本でも読んで、勉強してよ」

「本を読んだら分かる事なのかな?」

「そんな事、あたしに聞かないで」


ユーグはそのまま黙ってしまった。

すっかり食欲がなくなってしまったあたしは、食べかけのケーキだけ食べて、残りを差し入れに行く事にした。

無駄にしたら、もったいないから。



***



「色々と本を読んだんだけどさ」

「うん」

「失恋の傷を癒すには、新しい恋が一番らしいね」

「……何の本読んだの」
 
「色々」


色々の中身が気になるけど、訊くのはやめる。

尋ねれば真面目に答えてくれるだろうけどね……。


「僕で良ければ協力するけど?」

「……はい?」

「何、その顔。せっかく、無料で協力するって言ってるのに。僕じゃ不満なワケ?」

「え、そういうわけじゃ……」

「そ。じゃあ、行くよ」

「行くってどこへ?」

「秘密」


人差し指を唇に当て、いつもより軟らかく笑っていた。

せっかく誘ってくれたので、取り敢えず彼の後ろを歩く。


「ユーグ?」

「何? ああ、手を繋ぐんだっけ」


だから、何情報?

よく分からない。

でも、あたしより大きくてあったかいその手は、意外と心地よくて。

何だか、嬉しかった。


「アンジェ」

「何?」

「可愛い可愛い」

「? ありがと?」


突然、何を言ってくるんだろ。

わざとかどうか分からないけど、本気か冗談か判断できない言い方するし。


「アンジェ」

「今度は何?」

「好き」

「何が?」

「……」


つまらなさそうな顔が動いた先を追ってみる。

花屋さんだ。

確かにユーグって何か花似合うよね。


「あたしも花好きだよ」

「……」


ユーグは何も言わずに、店先の花を数本手にした。

その花が、店員さんの手で可愛いブーケに仕上がる。


「はい」

「……あたしに?」

「好きなんだろ」


どこか不機嫌そうにも見える。

けれど、それはいつもの事かもしれない。

あたしはソレを受け取った。


「ありがとう、ユーグ」

「どういたしまして」


左手に可愛らしいブーケ。

右手にはユーグの手。

……何とも不思議な感じだよ。

その後、話題の映画を観に行って、公園でのんびりして……。

空はゆっくり夜に変わる時間。


「そろそろ帰らないとね」

「そうだね」


何となくゆっくり歩く。

ユーグもあたしに合わせてくれてるみたい。

今日は何だかいつもと違う。

優しいというか何というか……。

嫌じゃないから、良いけど。

ていうか、今日はあたしなんかに付き合って良かったの?

用事とかなかったのかな?

……あったら、誘わないか。



いつの間にか、家の玄関の前。


「アンジェ」

「何?」


ふわりと。

そよ風のように、ユーグの唇が頬に触れた。


「な、な、なっ……」

「?」


言葉にはならなくて、無意味に口が動く。

彼の行動が理解出来ない。


「い、いきなり何を……」

「あ、ごめん。今度は許可をとるよ」

「そういう問題じゃなくて!」


ユーグなりの感情表現の方法だろうけど……あたし、そんなに免疫ないよ?


「?」

「取り敢えず、今日は楽しかったデス」

「うん。また誘っていい?」

「……ま、いいよ」


ユーグの笑顔が、とても優しく見えた。

痛かったココロが、少し癒されたような気がした。

新しい恋をするのもいいかもしれない。

あたしは、そんな事を考えていた。



……あれ?



そういえば、あたしが失恋したって、ユーグに言ったっけ?



up 2008/05/18
移動 2016/01/25


 

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