似合わないケーキ


「……」


幽霊船・アンジェの船室。

ノックの音が聞こえたから、扉を開けた。

開けたのはいいが、そのまま固まってしまった。

目の前の現実が信じられなくて。


「アンジェ、部屋に入っていいか?」

「あ、うん。どうぞ」


ライカがアンジェの部屋に来る事は、そう珍しくはない。

けれど、彼が持っている物がおかしい。

おかしすぎる。

彼はライカではないのかもしれない。



(記憶喪失とか、誰かが変装しているとか……)



「アンジェ、どうしたんだ?」

「えと……」

「紅茶でいいか?」

「あ……うん」


てきぱきとお茶の準備をしている。


「ライカ?」

「何だ?」


今は、カップを温める為に入れてあったお湯を捨てている。

今日のアンジェは変だな、そんな顔で返事をした。


「ライカ、だよね?」

「? どういう意味だ?」

「体調、どう?」

「いつも通りだ」

「そ、そう……」


アンジェが見ている限り、いつも通りのライカで間違いない。

けれど、テーブルに置かれたソレが、いつもと違いすぎる。


「用意ができたぞ」


二人分の紅茶。

切り分けられた二人分の“ケーキ”。

いつもの光景を異様な物にしている主だ。


「……ライカ、甘いもの嫌いだよね?」

「ああ」

「それ、ケーキだよね?」

「ああ」

「ケーキって甘いよね?」

「これは、カラいケーキだ」

「!!」

「冗談だ」


真顔で冗談は、やめてもらいたい。

というか、ライカは元々冗談とか言わないタイプだと思うが。


「食べないのか?」

「いただきます……」


大好きなケーキに、アンジェは怖々フォークをさした。


「……おいしい」

「良かった」


自分のケーキはそのままに、ライカはそっと息を吐いた。


「ライカ?」

「ああ、コレ、俺が作ったんだ」

「!!」


思わず立ち上がってしまった。

スローモーションで椅子が倒れる。


「ど、どうしよう!? 早く手当て。サラ!? サラを呼んで……」

「落ち着け、アンジェ。サラに手当てされたら、殺される」


どこかずれたツッコミをするライカ。

それも、普段通りだ。


「ライカ、何でケーキを作ったの? 甘い匂いとかもダメでしょ?」
 
「アンジェが、この前食べたいと言っていたからな」

「だから、無理して作ったの?」

「別に無理はしていない。カイトに手伝ってもらったし」


キッチンやカイトに被害が出ていない事を、密かに祈った。


「アンジェ?」

「ありがと、ライカ。すっごくおいしい」

「そうか。良かった」

「……ライカは食べないの?」


ライカはさっと目を逸らすと、アンジェに自分のケーキを差し出した。


「……食べないんだね」

「苺は食べた」

「……」


いつもと少し違うお茶の時間は、ゆっくりと過ぎた。


「ライカって料理上手いよね」

「そんな事はない」

「ううん。絶対、私より上手」

「……」

「ライカ?」

「いや、何でもない。紅茶のおかわりいるか?」

「うん」



――それから、数日後。



「……」

「アンジェ?」

「ごめん。ライカって甘いもの、好きじゃないよね?」

「ああ」

「これは?」

「ヘルマ直伝プリン」

「……」

「……?」

「私、ライカのそういうトコ、好きかも」

「……そうか?」



似合わないケーキが、

似合うようになる日は、

近い……?



up 2008/05/01
移動 2016/01/25


 

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