25時に逢いたい


月が紺色の空にゆっくり浮かぶ頃、ユーリは一人部屋を出た。

誰も起こさないように、そっと。


「随分遅いお出かけですね」


宿を出た所で、空から声が降ってきた。


「アンジェ」


窓から身を乗り出して笑っていた。


「どこ行くの? 密会?」

「誰とだよ」

「誰だろ? で、ホントは何?」

「散歩。何か目が冴えちまってさ」

「私も行く!」


宣言するように伸びた右手。

ユーリは苦笑いを浮かべた。


「アンジェは寝な。もう遅いだろ」

「子供扱いですか。そうですか」


拗ねたのだろうか。

部屋に入った。

謝るのは、明日でいいだろう。

ユーリは宿に背を向けて、歩き始めた。

その時。


「ユーリ」


時間帯を考えてか、少し控えめな声。

その声に呼び止められる。


「私が飛び降りたら、受け止めてくれる?」

「……飛び降りるなよ」


アンジェは窓枠に足をかけており、何を言っても無駄な気がした。

受け止められるかと不安になっている間に、アンジェはもう飛んでいた。

まるで、背中に羽が生えているかのように、ふわりと舞い降りた。


「どう?」

「どうって……」

「天使みたいとかあるでしょ!」


どうやら、窓から飛び降りた事への感想を求めているらしい。

ユーリは少し考えて、答えた。


「お転婆なお姫サマ?」

「ユーリっ」

「これでも、考えた方だ」


殴りかかってくるアンジェを避ける。

避けなくても、アンジェは本気で殴ろうとしていなかったが。


「少しだけ、だからな」

「連れて行ってくれるんだ」

「ここまで来ておいて、アンジェは帰らないだろ。騒がれると他の宿泊客に迷惑だからな」

「……イジワル」



***



星がよく見える場所。

二人はそこにいた。
 
夜の静寂が等しく流れ、時間と交錯しているように思える。

暫く黙っていたアンジェが、思い出したように口を開いた。


「私ね、誰にも言ってない気持ちがあるんだ」

「? 何だソレ」

「多分、一生、人には言わない気持ち」


にこりと笑った。

その笑みが何を意味するのか、分からない。


「それをオレに言ってどうする」

「んー……、私が誰にも言わない気持ちを持ってたんだな〜って覚えておいて欲しかったから?」

「普通、誰でも持ってんじゃねぇか? 人に言わない気持ちってヤツ」

「かもしれないけど、一応ね」

「分かった。忘れないようにする」


一瞬見せたアンジェの表情が、あまりにも儚かったから。

ユーリはそれ以上言わずに頷いた。


「ありがと。私はそろそろ帰ろっかな」

「オレも帰る」

「あれ? 密会はいいの?」

「あのな」


アンジェの笑い声が夜風に舞う。


「ねえ、明日の夜も一緒に散歩しよ」

「オレは寝る」

「何で。いいじゃない、一緒に行こうよ」

「帰るぞ」

「意地悪」


先に歩き出す。

追いかけてくる足音に、微笑みを浮かべながら。



up 2008/09/26
移動 2016/01/24


 

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