音のないコトバ


コトバが、欲しかった。

『ここにいてもいい』とか。

『お前が嫌いだ』とか。

『ありがとう』とか。

『いなくなれ』とか。

たとえ、自分が傷つくコトバだとしても、欲しかった。

コトバをくれるという事は、存在が認められているという事だから。

そこにいるのに、何も言われない事が、本当に怖かった。



***



今日は少し涼しい。

風がいつもより冷たく感じる。

アンジェとユーリは何をするわけでもなく、ぼんやりと街を眺めていた。


「ねぇ、ユーリ」

「あ?」

「背中、貸して」

「特別にタダでいいぜ」

「ありがと」


自分じゃない、誰かの温もり。

自分より大きな背中は、負けそうな弱さを包んでくれるように感じた。

なんて優しい温度なのだろう。

甘えるように、思い切りもたれる。

目の前に空が広がった。


「アンジェ、オレを潰す気か」

「ん、後ちょっと待って」


広い広い空。

この空は、まだ見ない世界にも広がっているのだろうか。

じわりと心に溢れるモノに気づいた。



広い世界には、自分を認めてくれる人がいるだろうか。



広い世界には、自分なんて必要ないんじゃないだろうか。



浮かんでは消える嫌な感情。
 
溢れそうになる涙に、瞼を強く閉じた。


「アンジェ」

「ん〜」


声が震えてしまうのを誤魔化すため、曖昧に返事をした。


「重い」



――バシッ!!



大きな音が響いた。


「……痛い」

「女の子に重いとか言うなっ」

「冗談だって。お前軽すぎるし」


勢いで立ち上がったアンジェは今、ユーリを見下ろす形になっている。

いつもと違う世界が、何だか新鮮で、ちょっと嬉しかった。


「ありがとう」

「別に、涙くらい気にしないけどな」

「!!」

「それくらい気づく」

「……」


どんなカオをすればいいのか。

何て言えばいいのか。

分からなかった。

だから、何も言わずに隣に座って、顔を伏せる。


「ありがと」

「んー」



(好きだよ)



まだ音には出来ない。


けれど、ただ側にいるだけで、こんなに癒してくれる貴方に、いつか伝えたい。


とびっきりの感謝を込めて。



up 2008/09/26
移動 2016/01/24


 

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