霧の幻


雨……。

最近ハズレっぱなしの天気予報通りの雨。

せっかくのゴールデンウィークなのに。

って言ってもどーせ予定はないんだけどね。

予定のない休日……。

家に一人っきりでいるあたし。


……。


……。


何か寂しくない!?

というわけで、(そういうわけじゃないんだけど)あたしは水色の傘を手に出かける事にした。

後から考えると、あたしバカじゃない?

こんだけ雨降ってるのに出かけるなんて。

風邪ひきに行くよーなモンじゃん。

ま、いいのよ。



***



あたしは、道路にできた水たまりを避けながら歩く。

傘あっても無意味。

だって、風も強いんだから。

溜め息がかき消されそうな雨音の中、あたしは歩く。

ふと視界に入ったソレにあたしは目を奪われた。


「傘……だよね?」


確認するかのように呟く。

道路に落ちているのは、白い傘。

こんな雨だから人通りなんてない。


「……」
 

その場に立ち止まって暫し傘見学。



――ミャー……。



激しい雨音の中、微かに聞こえたのは……。


「ネコの声?」


一歩だけその傘に近づく。



――ミャー……。



また聞こえた。


「もしかして、あの傘……」


あたしは、ゆっくりと白い傘に近づいた。


「!!」


触れようとした瞬間、いきなり傘が飛んだ。

って表現間違ってる。

正確には、しゃがんでいた傘の持ち主が立ち上がっただけ。


「あれ?」


あたしに気づいた「彼」は、そう言って振り返った。

「彼」の腕の中には小さな黒猫。

その黒猫は「ミャー」と鳴いた。


「かわいい」


あたしはそこにいる「彼」の事を忘れてクスクスと笑った。

小さな黒猫は雨で濡れていた。


「あの、そのネコあなたの?」


あたしは「彼」に話しかける。


「僕のじゃないよ。迷子なのか捨てられたのか……」


そう言った「彼」の髪も濡れていた。


このままじゃ二人とも風邪ひくじゃない。


「あたしの家、すぐ近くなの。寄っていって」


半ば強引にあたしは「彼」の手をとった。


「いいの? 杏樹ちゃん」


歩きながら、突然名前を呼ばれて驚いた。

あたしの知り合いじゃないよね……。

忘れていたら失礼だと思って、「彼」の顔をじっと見つめる。

優しそうな瞳。

それに、改めて見るとかっこいい。

でも……知らない人。

今度は「彼」がクスクスと笑った。

彼は右手であたしの傘をさす。

そこにはローマ字であたしの名前が書いてあった。

これ、昔の傘だ。

今の傘には名前なんて書いていないから。


「ホントだ」


あたしも笑う。

雨の中を二人(黒猫もいるけど)で歩く。

何だかそれが心地よくてずっと続けばいいなんて思った。

けど、そんなコト言ってたら、ホントに風邪ひいちゃうからね。



家に着くと、あたしはタオルを差し出した。


「ありがと」


「彼」はあたしから受け取ったタオルで黒猫の体を拭く。

ホントに猫が好きなんだなって思った。

「彼」が髪を拭いている間にあたしは飲み物の用意をする。

「彼」にはココア、黒猫にはミルク。

二人(一人と一匹)の顔を見ていると自然に笑みがこぼれた。


「おいしかったよ、杏樹ちゃん」

「ミャー」


「彼」がそう言うと黒猫も鳴いた。


「雨、少しだけ落ち着いてきたね」


窓の外を見つめる「彼」にあたしは頷いた。


「僕、そろそろ帰るよ」


黒猫を抱いて「彼」は立ち上がる。


「そっか」


よくよく考えてみると、何を話していいか分からない。


「君も帰るだろ? ナイト?」


「彼」の呼びかけに黒猫はまた一つ鳴いた。


「ナイト?」

「あ、このコの名前だよ。首のリボンに書いていたんだ」


「彼」は抱いているナイトのリボンをあたしに見せる。


“Night” 夜。


きっとこのコの毛並みから……だろうね。

すごくキレイな黒。


「ナイトの飼い主さん、早く見つかるといいね」

「そうだね」


あたしは玄関先まで出る。


「杏樹ちゃんは濡れるから家に入ってて」

「うん……」


「彼」は白い傘を開き、雨の中へと歩きだした。


「待って」


あたしは「彼」をとめる。


「ん?」


振り返った「彼」にあたしは言った。


「名前……教えて」

「カノン。僕の名前はカノンだよ」

「カノン……」

「またね、杏樹ちゃん」


何の根拠もなく「彼」……カノンはそう言った。

だけど、あたしも返した。


「またね」


カノンとナイトは雨の中に消えていった。

辺りを霧が包んでいて、あたしの耳に響くのは今も降り続ける雨の音。

まるで、幻みたい……。

雨の日に出かけるのも悪くないじゃない。

こんな素敵な出会いがあるならね。



up 2004/05/04
移動 2016/01/21





 

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