音が聞こえる


比較的使用回数の少ない音楽室に目的の人物がいた。

情報通り、彼はピアノの音を奏でていた。

さすが、新聞部の情報。


「“あの鳴海歩”の演奏が、こんな間近で聴けるとは思わなかった」


窓からそう声をかければ、彼は眉をひそめた。

この人物が、かつて『天使の指先』とうたわれた少年なのか、と小さな感動を覚えた。

確かに、いい腕だな……と楽器も音楽もどちらかと言うと無知なクセに、うんうんと大げさに頷く。


「……あんた、誰だ?」

「あたしを知らない……。ホントに?」

「ああ」


迷いなく頷くその姿に、身勝手な怒りを覚えた。


「あたしを知らないなんて、あなたこの学園の人物?」

「そんなに有名人なのか」

「全然」

「……」

「だけど、あなたはあたしを知ってるはずよ」


よいしょとよじ登り、窓から室内へ。

靴は脱いだから、靴下でその床を踏んだ。


「制服でそんな事をするな」

「あたしの勝手でしょ」


スカートを軽く叩き、杏樹は胸を張る。


「あたしは、色瀬杏樹」

「色瀬、杏樹?」


聞き覚えがないと首を傾げる歩。

今度は気にしないで、自己紹介がてら自分の事を並べる。

聞かされる方は退屈だろうなと、他人事に思いながら。


「あたし、鳴海の音に救われたのよ」

「俺の?」

「結構前の話だけどね」


忘れない、あの音は。

運命とも思える出会いをした。

瞳を閉じれば、それはまるで“今”にさえ感じる。


「一曲リクエストどうだ?」

「……こんなに“優しい”人間じゃないでしょ」

「単なる気まぐれだ。どうする?」


杏樹は一瞬考え、迷うことなく『あの曲』をリクエストした。



音が聞こえる

その音は、一筋の光だった。



up 2009/09/12
移動 2016/01/17


 

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