世界はキミに恋してる


※未プレイ時作品



【籠の中の鳥】。

そう言うと、何だか童話に登場するお姫様みたいで素敵だな。

なんて、アンジェは考えていた。


出窓に置いた植木鉢には、桃色の小さな花がいくつも咲いている。

枕元の植木鉢。

この蕾も明日には咲くかもしれない。

ベッドの上で、アンジェは嬉しそうに笑った。

けれど、その笑みはすぐに消える。

部屋には、数え切れない程の植木鉢。

どれもが、綺麗に生きていた。

もう少しすれば、新しい植木鉢が運ばれてくるだろう。

けれど……。



――トントン。



母親が叩くより少し乱暴な音。

それは、あの人が来た事を告げていた。

沈みかけていた心が軽くなる。


「ユーリっ!」


ベッドを飛び降り、扉へ走る。

そして、開いたその先にいる人物に抱きついた。


「危ない」

「ユーリ、会いたかった〜」

「はいはい」


飛び付いたアンジェを軽く抱き止め、ユーリは溜め息をついた。


「そんなに走ると、体に悪いだろ」
 
「だって、早く会いたかったんだからね。あれ?」


離れたアンジェは彼の手にあるソレに首を傾げた。


「ああ。何か、植木鉢よりこっちの方がいいって聞いたから」

「誰に?」

「誰だっていいだろ」


ユーリは持ってきた花を花瓶に生けた。

白い花瓶に咲いたオレンジ色の花。

それは、まるで太陽。

アンジェは笑みを浮かべ、お礼を言った。


「いいから、寝てろ」


無理やりベッドに戻され、アンジェは頬を膨らませた。


「意地悪」

「お前の体を思ってんだよ」


嬉しさと苦しさが混じり、アンジェは布団をかぶった。

アンジェはずっと重い病気と闘っていた。

今では、だいぶ良くなってきているが、昔は起き上がる事さえ困難だった。

完治まであと少し。

それは分かっていても、体の調子がいいと、ついはしゃいでしまう。

まだまだ子供だなと思いながらも、そう感じる余裕がある事が嬉しかった。


「アンジェ」

「何?」


顔を出し、椅子に座っているユーリを見る。

何だか自信満々な顔をしているのが、気になった。


「もうすぐ治るだろ? アンジェの病気」

「もうすぐって……一年とか二年先かもしれないよ」

「もうすぐだって」

「……うん」

「そしたら、一緒に出かけようぜ」


今のアンジェの世界は、ほとんどがこの部屋。

ユーリの言う「出かける」が、アンジェの知らない世界を指している事に気づき、嬉しくなる。


「ユーリが連れて行ってくれるんだ」

「当たり前だろ。だから、早く治せよ」

「りょーかい」


一緒に出かける。

その約束がすごく嬉しくて、今は動き回るのを我慢しよう。

早く治るように。



花が咲いて、花が散って……。

時間は進むのに、自分は全然進めない。

そんな苛立ちに何度襲われただろうか。

そんな時、必ずと言っていい程、ユーリから花が届いた。
 
赤・白・黄・紫……様々な色で、アンジェの部屋を明るくしてくれた。

励ましてくれた。

だから、医者に言われたより早く治ったのだろう。



***



「ほら、手出せよ」

「手?」

「自由な風の掴まえ方を教えてやる」


差し出された彼の左手をじっと見つめる。

そして、恐る恐る重ねてみた。


「あったかい」

「そうか?」

「うん」


優しい体温が嬉しくて、その手をギュッと握りしめる。

広い世界で迷子にならないように。


「ユーリ」

「ん?」

「ありがとう」

「ああ」
 
「ダイスキだよ」


ユーリは言葉にしないで、微笑んだ。

あまりに綺麗な笑みだったから。

顔が熱くて、走り出した。


「おいっ、アンジェ!」

「走りたいの」


風を切る。

通り過ぎて行く空気が、涙が出る程愛しかった。


「ありがとう」


それは、世界に届いただろうか。

他の誰もが当たり前にしている事が出来る幸せ。

それを噛み締め、アンジェは速度を上げた。

心持ち心配そうに名前を呼んでくるユーリに、気づかないフリをして。



up 2008/09/03
移動 2016/01/16


 

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