君を癒す術を、私は知らない


※フライング作品



私は、自分が思っているよりずっと不器用だった。


貴方を慰める言葉も、

貴方を励ます笑顔も、

心に触れる方法も、

その距離を埋める手段も、

何も知らなかった。


何をどうすればいいのか、全く分からなかった。


貴方の側にいる事が罪に思えた……。



***



「アンジェ」

「何?」


名前を呼ばれ振り向けば、不機嫌そうな顔に迎えられた。

いや。
不機嫌そうではなく、間違いなく不機嫌な顔だ。


「どこへ行くんだよ」

「黙ってついて来てよ」


離れかけた左手をギュッと握る。

ユーリは暫くして、アンジェの手をそっと握り返した。


「ここだよ」


アンジェがユーリを連れて来たのは、酒場だった。

時刻は黄昏。

そろそろ客が増えてくる頃だ。

と言っても、裏通りに隠れるようにあるこの店に、昼も夜もない。

店内には、柄が悪い男達が数人いた。


「店長、久しぶり」

「ああ、ホント久しぶりだな。アンジェの彼氏か?」

「だったら良いんだけどね。残念ながら、違うよ。いつものお願いね」

「りょーかい」


親しげに会話を交わし、奥の席に座る。

その様子を不思議に思ったのか、ユーリの視線が気になった。


「ちょっとした知り合いなの。店長と私」

「別に何も訊いてないだろ」

「そうだったね」


すぐに運ばれてきたのは、血のように赤いお酒。

アンジェはそのグラスを持ち上げた。


「美味しいよ。私のおススメ」


ユーリは自分の分のグラスをちらりと一瞥しただけ。

疑うような瞳にアンジェは笑った。


「美味しいのは、嘘じゃないって。先に飲もうか?」


アンジェはグラスを傾け、一口含んだ。

赤い液体はアンジェの体に吸い込まれる。


「そういうつもりじゃない」

「ほら、飲んで」


ユーリはもう一度グラスを見た。

赤い赤いソレを。

その表情が少しだけ暗く見える。

アンジェはそれに気づかないフリをした。

自分を責めないで済むように。

小さく息を吐き出して、新しい空気を取り込む。


「ユーリは、私のお酒が飲めないの!!」

「いや、それは……」

「ほら、飲んで」


グラスをユーリの前に出す。

そして、にこっと笑った。


「……分かったよ」

「ユーリはそうじゃなくっちゃ」


傾けたグラス。

ゆっくり減るそれをアンジェは眺めていた。


「まあ……マズくはない」

「当然でしょ。私のおススメなんだから」


ほんの一瞬だけ、ユーリの顔に笑みが浮かんだ。

幻とも思えるソレだったが、アンジェは満足だった。

今日誘った意味はあった。


「ユーリ」

「何だ」

「ユーリ」

「何がそんなに面白いんだ?」


名前呼ぶ。

何度も何度も。

それは、彼との時間を確かめるように。

それは、少しでも彼を繋ぎ止めておくように。


「ユーリ」

「何だよ、アンジェ」

「ありがとう」

「……何の話だ?」

「お礼が言いたかっただけ」
 
「ワケ分かんねぇ」


分からなくていいと、アンジェは笑顔でもう一度お礼を言った。



私には、何も出来ない。

でも、こうやって一緒にいる事で、少しでも嫌な事を忘れさせられるなら。

ほんの少しでも楽しいと思ってもらえるなら、私は頑張るよ。


不器用でも、

下手でも、

貴方の力になりたいという思いは本物だから。


貴方を癒したいから……。



up 2008/08/06
移動 2016/01/15


 

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