手を伸ばせば届く距離にいたのに
あの人の事が好きだった。
彼に憧れていた。
時にキミが傷を癒してくれた。
すぐ側にみんな、いてくれた。
けれど、手を伸ばす事を怖がっていた。
払いのけられるのが、怖かった。
どうして、捕まえていなかったのだろう。
届かない距離に立たなければ、気づけないのだろうか……。
***
「ディストもこういう事するのね」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味よ」
ザオ遺跡の中を二人で歩く。
椅子に座っていないディストを見るのは貴重だが、アンジェにはこちらの方が普通だ。
研究専門なディストと外へ来るのは、かなり珍しい。
「それで、ここに何かあるの?」
「……ヴァンの話を聞いていなかったのですか?」
「聞いてはいたけど、よく分からなかった」
「……はあ」
大きな溜め息とおおげさに振る頭。
何だかバカにされているような気がして、アンジェは歩く速度を上げた。
「アンジェ、そんなに急ぐと転びますよ」
「子供扱いしないっ、で」
危うく転びそうになった。
心臓がバクバクとうるさい。
ディストの言葉通りなのが、何だか癪だった。
「あたしは、子供じゃないから」
「ええ、そうですね」
手元の資料を眺めながらの生返事。
もう知らないと言わんばかりに、アンジェは先に進んだ。
砂が混じった空気。
早くも外に出たくなる。
「えっと……」
何をしに来たのか思い出す。
ヴァンに呼ばれて、何か話を聞いて……。
“何か”の部分が知りたいのに、思い出せない。
記憶しようと思っていなかったから、当然だ。
ディストと一緒だから……と準備が疎かになっていた。
「……頼りすぎるのは、やめよう」
反省しつつ歩いていたその時――。
「危ない!」
ディストの声が聞こえた。
その時には、もう遅かった。
ガクンと体がバランスを崩す。
体重がなくなったような、不思議な感覚。
それが直ぐに消え、体が下に引っ張られた。
「アンジェ!」
怖くなって閉じた瞳にゆっくりと映す。
「ディスト……」
アンジェの右手首をしっかりと掴むディストの手。
「気をつけてくださいよ」
「……手、放した方がいいよ」
「何言っているんですか!」
「見た感じ、落ちても死ぬような高さじゃないし。このままだと、二人一緒に落ちて余計なケガするわよ」
下を確認して伝える。
アンジェは身の軽さには自信があった。
大けがをしそうにない。
多少擦り剥いて終わるくらいだ。
「放して」
「嫌です」
「ディスト」
「届く距離にある手は、掴んでいたいんです!」
「……」
ディストの気持ちは嬉しかったが、このままだと本当に二人で落ちてしまう。
アンジェは上に登る為の方法を考える。
「っ……」
ディストが何かを言った。
けれど、小さすぎるその声は聞こえなかった。
***
「助かりました……」
「ディストは、助ける側でしょ」
ディストは、地面に両手をつき、荒い呼吸を整えていた。
アンジェは、戻る際に擦り剥いた傷に水をかけ、タオルで拭いていた。
「ディスト、大丈夫?」
「大丈夫です。アンジェはどうなんですか」
「あたし? 平気に決まってるでしょ」
立ち上がるディストに手を貸そうとしたが、断られた。
微妙に傷ついた表情をするアンジェに、ディストは視線を逸らした。
「嫌で断ったわけではありませんからね」
「?」
「自分に資格がないと思っただけです」
なおも答えを求める瞳。
ディストは気づかないフリをして、目的地へ向かおうとした。
アンジェも荷物を確認し、歩き始める。
「あ」
きちんと伝えていなかった事を思い出した。
「サフィール、ありがと」
「いいえ」
「早く任務終わらせに行こう」
「はい」
離したくないその手。
今度は、絶対に守れるように。
守られるのではなく、守れるように強くなりたい。
先を歩くアンジェの背を見て、誓った。
up 2008/05/24
移動 2016/01/15
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