甘ったるいミルクティーに、君への愛も溶かして
白い湯気には、甘い香り。
深い緑色のカップの中には、ミルクティー。
不機嫌なあの人を思い浮かべ、それを運ぶ。
疲れたあなたに、甘い甘いミルクティーを。
***
「入りまーす」
ノックとドアを開ける動作と声。
全部同時にするのは、時間短縮の為だったりする。
今まで、アンジェはノックなしでいきなりドアを開けていた。
さすがに何度も注意され、結果こういう事に落ち着いた。
お盆を頭に乗せているので、両手は使える。
「あのさ」
部屋の主は、溜め息混じりに切り出した。
「はい?」
「何度も言ってるけど、“入ります”じゃなくてさ、許可とりなよ」
「?」
「……もういいよ」
言い出してはみたものの、アンジェの様子を見て、意外と早く諦めた。
時間と労力の無駄だと思ったのかもしれない。
「お茶持って来ました」
机の上へ、無造作にカップを置く。
「ちょっと、報告書の上に置かないでよ!」
苦労の結晶であるソレを慌てて退ける。
中身がこぼれたら、また一からやり直しになってしまう。
「何書いてたんですか?」
「あー、この間ザオ遺跡に行った時の報こ……って聞いてないし」
折り畳み椅子に座り、自分のカップでお茶を楽しんでいた。
いつの間にか、机の上には数種類のお菓子も並んでいる。
バターの匂いが香ばしい。
「実はコレ、ア……」
「入るぞ」
アンジェと同じように入って来たのは、アッシュ。
しかし、部屋の中にシンクとアンジェの姿を見つけると、直ぐに部屋を出た。
「悪い。邪魔したな」
「ちょっと、何か誤解して……」
「出直す」
足音は聞こえなくなった。
変な誤解をされてしまったのではないだろうか。
実は、アンジェとシンクは、一緒にいる事が少ないから。
「お茶、冷めますよ?」
マイペースにおやつタイムを楽しんでいるアンジェ。
何も言う気になれず、シンクもカップを持った。
甘い。
飲む前の香りが甘ったるい。
「……甘い」
「そうですか?」
二杯目を口に運びながら、アンジェは首を傾げた。
「コレさ、危ないくらい砂糖入れたんじゃないの?」
「普通に六杯ですけど?」
「……」
「疲れていらっしゃるようなので、甘い物をと思ったんですけど……。迷惑、でしたか?」
いつもは見せない不安げなカオ。
それは、シンクの胸の奥を軽く刺した。
「め、迷惑なんて言ってないだろ!」
一気に飲み干す。
しかし、甘かった。かなり甘かった。
少しだけ喉が痛い。
「……もっと、教えて下さい」
ぽつり。
静かな部屋に溶けるような声。
「アンジェ?」
机の上にカップを置き、アンジェに近づく。
「今はまだ、邪魔かもしれません。けれど、お役に立ちたいんです。だから……」
「取り敢えず、砂糖は五杯減らしてもらえると助かるけど?」
「……はい!」
アンジェの表情が、ぱっと変わる。
花が咲いたような笑顔。
「シンク様」
「何?」
「ありがとうございます。やっぱり、とっても優しい方ですね」
「何言ってるんだよ!」
面と向かって言われなれない言葉。
何だか恥ずかしい。
というか、照れくさい。
「お茶のおかわり如何ですか?」
「甘くないならね」
「それは無理です」
「何で?」
「私の愛で、とびっきり甘くなってますから!」
「ごめん。出て行ってくれる?」
「ちょ、ちょっと、シンク様ぁ」
鍵をかけた扉の向こうにいるアンジェを無視して、シンクは仕事を続ける事にした。
「開けて下さいよ」
「……」
ふくれた顔のアンジェが容易に想像出来る。
一緒にいる時間が少ないと思っていたが、そうでもなかったようだ。
「あ、アッシュ様、助けて下さい。シンク様に追い出されたんですけど」
「……ケンカか?」
「さあ?」
「さあって……」
扉の向こうから聞こえる話し声。
それは、耳障りにシンクの思考を乱した。
「これを渡しておいてくれ」
「何ですか?」
「色々……な」
「でも、私、部屋に入れな――」
――ガチャ。
ゆっくりとその扉を開く。
「うるさいんだけど」
「す、すみません!」
「シンク。好きなら、もうちょっと優しくしたらどうだ」
アッシュが放った言葉は、理解するには遠すぎて、暫く黙ってしまった。
「好き? 誰が? 誰を? ていうか、アンタには言われたくないね」
「好きに言ってろ。俺は、それを渡しに来ただけだからな」
アンジェの持っている書類を指した後で、アッシュは二人に背を向けた。
「……あの、シンク様」
「取り敢えず、入れば?」
「え、あ……はい」
嫌な沈黙。
時計の秒針が動く音が、変に焦らせる。
「アンジェ」
「はい」
「お茶、入れてくれる?」
「で、でも……」
「甘くていいから」
「分かりました。ちょっとだけ待って下さいね」
ふんわり漂う香り。
その甘さも嫌じゃないかもしれない。
シンクはそう思って、少し笑った。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「甘すぎないですか?」
「甘いよ」
シンクの言葉に、表情が変わる。
それは、泣きたいのを我慢している時に似ていた。
「アンジェの愛が入ってるから、でしょ?」
「う……。シンク様がそんな事言うのは、禁止です!」
顔を真っ赤にして、早口に言った。
その姿が可愛く感じる。
だから……。
「アンジェ」
いつもより優しく名前を呼んで。
up 2008/04/26
移動 2016/01/13
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