小さな小さな幸せ


「……というワケだ」

「どういうワケですか」


目の前には、ピオニー陛下。

私はグランコクマの宮殿に呼ばれていた。



***



「こら、ジェイド。サフィールを苛めちゃダメでしょ!」

「なかなか様になってるな」


私は声の主を軽く睨んだ。

普通なら、こんな態度許されないけどね。


「陛下、仕事があるからっておっしゃいましたよね?」

「おう」

「今、何されているんですか?」

「休憩。可愛い可愛いブウサギに癒され中♪」


……本当にこの方が“あの”ピオニー陛下かと疑いたくなる。

何故、私が陛下の可愛いブウサギの世話をしているのか。

それは、全部アイツのせいだ。



***



「アンジェ……って言ったな?」

「はい」

「あのガイラルディアと仲が良いと聞いたが」


“あの”か“その”かは分からない。

けれど、私はガイラルディアという名の人物を一人知っている。


「仲が良いかは分かりませんが、知り合いです」

「なるほど、恋人か」

「……あの、私の話聞いていますか?」


“ガイラルディアもやるなー”などと陛下は勝手に盛り上がってる。


「えと、私に何か……」

「忘れる所だった。アンジェ、ガイラルディアの代わりに俺の可愛い〜ブウサギの面倒を見てくれ」

「……は?」

「そんなに気負う事はないぞ。ブウサギ係通称『ブウサギ係』の主な仕事は、可愛いブウサギの散歩だ」


私はつっこまない事にした。

相手は一応、皇帝陛下だし。


「分かりました。『ガイラルディア』が帰ってくるまで、陛下のブウサギの面倒を見させて頂きます」

「頼むぜ、アンジェ。あ、ここのメイドの服が着たいなら――……」

「着たくありません」



***



「はぁ……」


夕方の散歩前の休憩時間。

私はベンチに座ってぼんやりしていた。

溜め息に深い意味はない……と思う。

もし理由をつけるとすれば、恐らくガイが関係してるはず。

足元に何か押しつけられて、私は意識をそっちに向けた。


「ブウサギ……?」


少々毛の乱れたブウサギが、私の足に鼻を押しつけていた。

陛下の可愛いブウサギではなかった。


「迷子?」


普段からブウサギに触れているからだろう。

躊躇う事なく、そのコの背中をなでた。


「……触りましたね?」


頭上から飛んできた男の人の声に、顔を上げた。


「ごめんなさい。このコ、あなたのブウサギなんですか?」

「たった今あなたのモノになりました」

「……は?」

「最初に触った人にこれを譲ろうと思ってたんです。じゃ」


私が理解する暇もなく、その人はいなくなった。

残されたのは、私とこのブウサギ。

取り敢えず、このコを抱いて、陛下に会いに行く事にした。


「アンジェ、そいつは?」

「えと、その、成り行きで……」

「まあ、それなりに愛想はあるよな」


私の腕の中にいるブウサギをなでている。


「一緒に散歩連れてってやれ」

「……ありがとうございます!」


そのコを他のコ達と連れていく。


「おい、そいつの名前は?」

「うーんと……」



***



「グランコクマに来るのは、久しぶりですね」


宮殿へと続く道を、俺達は歩いていた。


「確かにな」

「他の皆さんも一緒に来て頂きたかったんですけどね」

「仕方ないさ」


戦闘で疲れたルークと女性陣を宿に残し、俺とジェイドはピオニー陛下に会う為に、その扉を開いた。


「アスラン!」


飛んできた声は、ブウサギを追う女性が発したモノ。


「おや。また逃げ出したみたいですね」

「懲りないな、ブウサギ達も」


それより気になったのは、ブウサギを追う彼女。

俺の目が確かなら、アンジェのはずだ。

何故、アンジェがここに?


「ガイ、ルークのご飯食べちゃダメ!」

「え?」

「ガイ、ネフリーの耳引っ張るの止めなさい!」

「新入りは“ガイ”という名前のようですね」

「……」


何とも複雑な気分だ。

また何かしでかした“ガイ”をしかろうとしたアンジェの声が出る前に止める。


「アンジェ!」

「え……? ガイ? それに、カーティス大佐」

「どうやら、私はおまけのようですね」

「あ、いえ……」

「私は陛下に会いに行きます。ガイ、彼女と話でもどうぞ」


そう言うと、さっさといなくなった。

何か、気まずい……。


「久しぶり、アンジェ」

「本当。あなた連絡って言葉知らないのね」

「……」


やっぱり怒ってる……すねてるのか?


「“ガイ”行こ」


新入りブウサギを抱き上げ、背を向けるアンジェ。


「アンジェ!」


触れる事はできない。

ただありったけの思いを込めて、その名前を呼んだ。

返事はしなかったけど、足は止まった。


「ガイ」

「ん?」


彼女の声は、俺に向けられたのか、それとも……。


「ちょっと、寂しかった」

「うん」

「私、引き止めたりしないから」

「うん」

「全部終わったら、笑って帰って来て」

「うん」

「『ブウサギ係』は『ガイラルディア』の仕事なんだからね」

「……うん」



あなたの名前をいつも呼んでいたいから……。


ガイには内緒なんだけどね。


“ガイ”ってメスなの。


私と陛下だけの秘密。



up 2006/10/14
移動 2016/01/12




 

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