はぴはろ
※一日遅れのハロウィンモドキ
時折冷たい風が混じり始めた10月の終わり。
恒例とも呼べるあのイベントがやってきた。
数日続いていた冷たい雨はやみ、穏やかな青空が広がっている。
その青空はどこか、水をこよなく愛する彼の瞳に似ていた。
綺麗で遠くて優しさが見え隠れする、そんな青空。
すっきりとしたミントのような空気を吸い込んだ。
肺を満たす空気は冷たくそれでも嫌だとは思わなかった。
爽やかな心地よい感覚が体中に広がる。
「ホント、いい天気」
誰に言ったわけでもない言葉が空気に溶けた。
のんびりしていたら遅れてしまうと、慌てて走り出した。
走らなくても十分間に合うのに、走ってしまったのは心躍っているからなのだろうか。
たどり着いたその場所で、膝に手を置き激しく乱れた呼吸を落ちつける。
何度かゆっくりとした呼吸を繰り返し、それからニヤリと少々可愛げのない笑みを浮かべた。
「遙―!」
大きな声で彼の名前を呼ぶ。
橘家にも聞こえてしまうかもしれない声。
そんなことは気にせず、返事のない彼をもう一度呼んだ。
「杏樹、まだ早いし、それに聞こえてい――……」
「遙、トリック・オア・トリート!」
「……」
予想していた通りの反応。
予想通り過ぎて、つまらなくさえ思える。
変わることのない表情はやや不機嫌そうで、何を言っているんだとでも問いただしたげな瞳を真っ直ぐに彼女へ向けた。
「遙、トリック・オア・トリート!」
あえてまったく同じ言葉を繰り返す。
眉間にしわが増えた。
可愛くないよと言いたいが、その後の遙の言葉が簡単に想像できてしまったため、それはやめておいた。
遙のリアクションは溜め息だった。
「杏樹」
すっとさりげなく遙は杏樹との距離を縮めた。
突然のその距離に心臓が少し大きく驚いた。
キスまで数センチ、それほどの距離だ。
「遙、くん……?」
思わず声が上擦って、敬称をつけて、情けない声色に変わる。
震える声で名前を呼んでも、遙は何一つ反応を返さなかった。
「何も持ってない」
「……へ?」
「お菓子なんて持ってない。つまり、悪戯されるということか?」
「……そう、なる、ね」
悪戯なんて何も考えていない。
かと言って、遙がお菓子を用意しているとも思っていなかった。
「……」
「……」
奇妙な沈黙が数秒続く。
やけに長く感じる時間だった。
「そ、そうだ。あのね、遙。こういう――……」
「杏樹、トリック・オア・トリート」
優しく、けれどどこか悪戯っ子のような色を秘めた瞳が彼女を映す。
言葉と共に差し出された手。
「……飴くらいなら、持ってるけど」
ポケットを探れば、フルーツのど飴が出てきた。
中途半端だ。
可愛げがないのか、むしろこれが本来の杏樹なのか。
ネタにしても弱い。
「却下する」
「……却下?」
「杏樹、トリック・オア・トリート」
「え? えぇ!?」
さりげなく……もないが、繰り返された。
やり直し、ということだろう。杏樹は鞄をあさろうとしたが、その手は遙に阻まれてしまった。
「遙?」
「悪戯、だな」
「え? えぇ!?」
鞄の中を探すくらいの時間は欲しい。
「杏樹」
「……はい」
不服そうな返事でも満足だったようで、遙は優しい笑みを浮かべている。
「お互いお菓子は持っていない。つまり、お互いがお互いに悪戯だな」
「嫌な予感しかしない」
「そうか? 杏樹にとっても悪い話じゃないと思うが?」
こういう時の遙には勝てないと知っている。
だから諦めて、けれどどこか楽しそうに、杏樹は顔を上げた。
ハッピィ・ハロウィイン♪
(2014/11/01)
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