みんないつかは死ぬの


ちょっと注意書きが必要な内容かもしれません。
一言で(野ばら姉さん風に)言うなら、『みんないつかは死ぬの。だからそれまで生きなさい』
そんな内容です。苦手な方はお引き取り下さい。





ああ、僕の世界は終わった。

いや、正確にはまだ終わっていないけれど、これから終わる。

もう間もなく終わる。

すぐに終わる。

今終わる。

そこで深い溜め息を一つ落とした。

こんな溜め息、世界には何の意味も成さない。

また一つ零れかけたソレを飲み込んだ。

ごくりと喉が音を立てる。

こんな痛みなんて錯覚だ。

幻覚だ。

思い込みだ。

ホントウじゃない。

破られた教科書。

落書きされたノート。

折られた筆記具。

ずぶ濡れの体操着。

画鋲の並ぶ椅子。

汚い言葉が乱舞する机。

生ごみを詰め込まれたロッカー。

言い訳など必要ない。

はっきり言える。

僕は虐められている。

いつからか、なんて過去のことを何も思い出したくもない。

けれど、現在進行形で、多分明日も明後日も明々後日も続いていくんだ。

そんな日常に辟易していた。

自分の手で終わらせたくなるのも無理のない話だと思う。

簡単に変えられない現実なんて、世の中に溢れている。

人生経験の短い僕が偉そうに言えないけれど。

今僕はどんな顔をしているのだろう。

つまらなさそうに笑っているのか、泣き出しそうに瞳を震わせているのか、諦めたように――。


「あんた、こんなところで何してるの?」


やけに不機嫌そうな声が飛んできた。

驚きのあまり落としてしまったこの世界と僕を繋ぐ手紙。

慌ててそれを拾い上げ、声の主へ視線を移した。

色素の薄い長い髪。

スタイルの良い身体。

知的な雰囲気を醸し出す眼鏡。

物憂げな溜め息を吐き出すのは、形の良い唇。

ぱっと見ただけで美人だと言える女性がそこに立っていた。


「あの……貴女は?」

「それは、こっちの台詞。誰?」

「色瀬、迅……です」

「色瀬迅ね。まあ、いい名前なんじゃない?」


そんなことを言われたのは初めてだった。

驚いて言葉が消えた。

それは一瞬ほどのものですぐに消えた言葉を何とか紡ぎだす。


「あ、りがとう、ございます……」

「男なら、はっきり話しなさいよ。鬱陶しいわね」

「すみません。その……」


人見知りに分類される僕に、今からしようとしていたことを見られた僕に、それは無理難題を突き付けられているとしか言いようがなかった。


「で、迅はこんなところで何をしているの。簡潔に答えなさい」

「……詩人になってみたかったんです」


逃げるにしても上手くない言い訳。

自分でもよくわからない言葉が飛び出していた。


「詩人……ね。強ち間違いじゃないんじゃない?」


初対面の彼女はそんなことを言った。

ぱちくりと不自然な瞬きを数回。

不機嫌そうな彼女は僕の視線に何よと短く返した。


「あの……貴女……――」

「今日は綺麗な青空ね」


僕の質問を綺麗に遮った彼女の視線の先を追ってみた。

眩しくて、絶望的な青空が広がっていた。

素直には頷けず、かと言って誰かを否定する勇気もなく、僕は曖昧に頷いた。


「こんなに天気が良くて、仕事も休み、好きなことし放題……な、の、に」


恨めし気な視線が向けられる。

人気のない場所を選んだつもりだった。

誰にも迷惑……とはいかないけれど、最低限の礼儀は守ったつもりだったのに、初対面の彼女を不快にさせてしまった。

これは僕の罰だ。


「ごめんなさい。僕は……」

「罰として、ちょっと付き合いなさい」

「はい?」

「お茶くらいなら、未成年のあんたでも付き合えるでしょ?」


僕の内面を見透かしたように、綺麗なウインク一つ。

断るという選択肢は初めからなかった。

缶コーヒー一つ手渡された。

ミルクたっぷりのそれは僕に配慮してくれたんだろうけど、僕はブラックの方が好きだ。

一口飲んで、その甘ったるさに眉を顰める。


「ほら、簡単に意思表示できるでしょ?」

「え……?」

「色瀬迅!」

「は、はい」

「見せてあげるわ。あんたが捨てようとしていた世界を」


にこりと笑みの形を作った唇に視線が引き寄せられる。

ドキリとそれはまた違う意味と音で心臓が跳ねた。


「僕が捨てようとした世界……。僕を捨てた世界じゃなくて……?」

「あら。世界はたった一人の人間を捨てようとするほど暇じゃないわよ?」


確かに……と口の中で溶けるように呟いた。


「あのっ、貴女の名前は……」

「馬鹿みたいに精一杯生きなさい、迅」


僕の問いには答えず、彼女は僕が持っていた手紙(いしょ)を空へ放り投げ、そして奇跡みたいに雪の結晶を降らせた。



みんないつかは死ぬの



title:icy



(2014/12/24)


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