空を遠くに見る恋人たち


「いいかい、アンジェ」


ため息混じりのその声に、私はとりあえずうなずいた。

頭はすでに別のことを考えている。

この場をいかにして逃げ出すか、だ。


「君はわかっていないんだよ。だから、何度も同じことを繰り返すんだ」


客観的に見れば間違いなく母娘の会話。

父娘、だなんて言ってやらない。母娘、だ。


「聞いているのかい、アンジェ」

「はいはい、聞いてます」


聞いているはずがない。

ここは新しく発見された遺跡。

私は帝国から正式に依頼を受けた魔導士としてここにいる。

リタに頼み込んで譲ってもらっただなんてフレンにばれるわけにはいかない。

恥ずかしすぎる。

一緒にいたかったからですよ。悪かったですね。



「アンジェ」

「そろそろ先に進もうか。あんまり遅くなると危ないし」


そう大きくない遺跡。

大人数で来るには危ないから、今調査に来ているのはフレンと私の二人だけ。

甘い雰囲気なんて皆無だけど、二人きりなのは嬉しい。

ただそれだけが幸せだなんて私もついに恋愛の魔物に取りつかれたか……。


「アンジェ、また集中力が切れてる」

「そ、そんなことないよ?」

「声を裏返らせておいてよく言うね」

「……フレンはもっと肩の力を抜くべきだと思う」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。息の抜き方はこれでも上手くなったんだ」


そう言ってほほ笑むフレンは嘘を言っているように見えない。

……ていうか、誰がフレンの息抜きの手伝いをしてるんだろう。

真面目な副官殿じゃないだろうし、行動を共にしている(めちゃくちゃうらやましい)ちびっこ魔導士でもなさそうだし……。


「アンジェ?」


やっぱり幼馴染の彼か、愛犬か、我らが帝国のお姫様か……。


「アンジェ」


いや、それとも……。


「アンジェ!」


いきなり肩を掴まれ、思い切り驚いた。

心臓が二、三度激しく上下に動いたよ。間違いなく。


「な、何?」

「話しかけているのに、上の空。やっぱり注意力散漫だね」

「だってしょうがないじゃない」

「何がしょうがないんだい?」


フレンと一緒にいて平然としていられるわけがない。

大好きな人と一緒にいてポーカーフェイスでいられるほど人間はできていない。


「何でもない。それより、そろそろ最深部だね。ここの遺跡を見る限り、出るはずだよ。門番が」


私の言葉と辺りを震わせる咆哮はほぼ同時だった。

予想を裏切らないそれに自身の武器を握る手が震えた。

当然怖いわけではなく、好奇心を抑えられないだけ。

この先にあるものが一体どれだけの価値があるものか心躍る。


「さあ、騎士様。その腕拝見させてくださいね」

「僕も君に期待しているよ。アスピオの優秀な魔導士さん」


わざとらしい演技に怯むことないあたり、さすがフレン。

私の扱いをよくわかってる。

剣を構えたフレンの背中を見ながら、私は詠唱に入った。


「一気に行くよ」

「わかってる。あのタイプの魔物は、戦闘を長引かせたらこっちが不利になるだけだからね」


私はすっと息を吸い込んだ。

新鮮とは言い難い土臭い空気が体内に入ってくる。


「黎明へと導く破邪の煌めきよ、我が声に耳を傾けたまえ、聖なる祈り、永久に紡がれん。光あれ!」


魔導器がきらりと光るのを横目で見る。

時間は十分に稼いでもらった。


「行くよ、フレン! グランド・クロス!!」


一瞬辺りの景色が真白い光に消されてしまう。

数秒後そこにあったのは、魔物の倒れた姿。

見た目より随分弱かった。……ように思う。

次の詠唱態勢に入っていたのに残念だ。


「僕の活躍の場はなかったね。君一人でも十分だったみたいだ」

「そんなことないって! だって、一人じゃ詠唱一つろくにできな――」

「冗談だよ」


そんな笑顔は卑怯だ。

ときめかずにはいられない。

ドキドキと耳の奥に響く心音。

それは不快なものではなかった。

かと言って好ましいものでもないけど。


「アンジェ」

「何」

「僕が君とこうして一緒に過ごすことが好きだって気づいてる?」

「……」


今何とおっしゃいましたか?

そう声に出して問いたい。

フレンの言葉を反芻する。聞き間違い、じゃない。


「わ、私……」

「報告書を書かないといけないし、そろそろ帰ろうか」

「フレン!」

「何だい、アンジェ。ああ、最後にもう一つ」

「何……?」


ぐったりとしてしまうのも無理のない話だろう。

遺跡の守り人との激しい戦闘。

訂正、激しくはなかった。

けれど、多少おおげさに言ってもいいじゃない。

私の感情をもてあそぶようなフレンの甘い罠のような言葉。

これ以上余計な言葉は耳に入れたくないというのが本音だ。

聞きたいのに聞きたくない。


「僕と君の関係って何だろう?」

「? 騎士と魔導士じゃない。それ以外に何があるの?」

「……そうか。僕はそれ以上だと思ってたんだけど。そっか……。君の中ではまだ……」

「ちょっと待ってフレン! それってどういう……」


ああ、どうか、神様。

私にあと一歩の勇気をください。



空を遠くに見る恋人たち



(2014/10/04)


※お気づきだと思いますが、詠唱&術はコレットから借りました。




 

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