海はいつだって君の傍にいて


※圧倒的に江ちゃんの出番の方が多いです。


カランコロンと涼しげなドアベルの音が聞こえる。

強すぎない冷気が店内を優しく回っている。

夏も終わりだと言えるそんな日の午後。秋を間近に迎えたそんな日の午後。

杏樹と江は向かい合って座っていた。

半分ほど氷が溶けてしまったアイスティーを一口含む。

そしてゆっくり飲み込んだ。これから一大告白をする人間としては、この程度の量で喉を潤すなんて無理だ。

それでも、ここで勢いに乗らなくてどうする。


「あのね!」


しばらく黙っていたから、声量を調節できず、思ったより大きな声が出た。


「ん?」

「私……」


言おうと決めたのに、また口が閉じる。

閉じた口が次に開けば、盛大なため息が漏れた。

ああ、幸せが逃げていく……なんて嘲笑を浮かべてしまった。


「杏樹さん?」

「ああ、ごめん。あのね、コウちゃん」


今ではそんなことがなさそうだが、江は「ゴウ」と呼ばれることを嫌っていた。

だから杏樹は今でも彼女を「コウ」と呼ぶ。


「私! 私ね、松岡くんのこと好きなの……」


尻すぼみに消えていく。

杏樹の告白を聞いた江はぱちくりと瞳をゆっくり動かした。

そして意外だと表情に浮かべた。


「あの、杏樹さん。今まで誰にも気づかれていないと思っていました?」

「……はい?」

「ですから、多分みんな知ってますよ。杏樹さんがお兄ちゃんのこと好きだってこと」

「……」


とりあえず落ち着こう。

杏樹は思い切り息を吸い込んで、ゆっくりゆっくり吐き出した。


「みんな? みんなって?」

「真琴先輩とか、渚くんとか……」

「……」

「あと、遙先輩とか」

「まさかのハルカまで!?」

「はい。皆さん、いつ告白するか賭けてました」


うん、とうなずくと言葉にするのもどうかと思う復讐を頭に描いた。

そこでふと気づく。


「じゃあ……松岡くんは……?」

「お兄ちゃんはどうかなぁ……。気づいてるかもしれないし、そういうとこ鈍いかもしれないし」

「そこ大事なんだけど。私、告白する前にフラれるのは嫌だよ」


せめて告白くらいは平和にさせてもらいたい。

平和にというのもおかしいが。


「当たって砕けてきたらいいと思うよ?」

「それって、フラれろって意味……」

「違うよ。杏樹さんとお兄ちゃんが上手くいったらうれしい」

「……本当? お兄ちゃん取られたって嫌な気持ちにならない?」


江は手をひらひらと振りながら笑った。

太陽のように眩しくて、それでいて暖かい笑顔。


「ならないよ、杏樹さん。だから、杏樹さんの大切な気持ち、お兄ちゃんに伝えてください」

「コウちゃん……」


思わずうっすらと涙を浮かべた。

じんわり心にしみわたる言葉が何よりも勇気に変わる。


「もしお兄ちゃんが杏樹さんを泣かせたなら、殴ってやりますから。安心してください」


何と心強い言葉だろう。

今まで悩んでいたことがバカみたいに思える。


「ありがとう、コウちゃん。私、行ってくるね!」

「連絡、待ってます」


どんな結果であろうと受け入れる。

そう言ってくれる江は本当に心強い。

年下なのに甘えてしまう。


「行ってきます!」


伝票を片手に杏樹は席を立った。



***

メールで、しかもたった一言で凛を呼び出したのだが、彼はもうそこに来ていた。

拒絶されなかったことに安堵。

そして生まれるのは、ひどい緊張感。

一歩進む毎に心臓が壊れるほどに激しく動き回る。

まるで『近づくな』と本能が告げているかのように。

それでも歩く。どんな返事をもらおうが、今日、今伝えると決めたのだから。


「待たせて、ごめんね」


情けないくらいに声が震えていた。

今にも泣きだしてしまいそうな声。


「おう」


短い返事。凛らしいと言えばそうなのだが、今はもう少し言葉がほしかった。

大きく息を吸い込む。

そのままの勢いで何とか言葉を放り出した。


「あのね、松岡くん」

「何だよ」


めんどくさいとあからさまに態度に出されるとつらい。

話しかけるな、そんな壁を作られてしまったようで。

今言うべきではないのではないかと大きく不安が膨れ上がる。

このまま黙って帰ってしまおうか、そんなことすら考えてしまった。

脳内で江が『がんばれ』と応援してくれている。

ここで負けてなんかいられない。


「……好き、なんだけど」

「何が?」

「松岡くん」

「……誰が」

「私が」

「おまっ……」


大きく見開かれた目。

これはどちらと取るべきか……いや、悩む間もなく……。


「おまえ、俺のこと嫌いじゃなかったのかよ」

「え、何の話?」

「おまえ、俺のことだけ苗字で呼ぶし、目合わせねえし」

「だって、何か恥ずかしい……」

「俺の名前はそんなに恥ずかしい名前かよ」

「そうじゃなくて!!」


何の話をしているのかわからない。

それでも、これは……凛は杏樹のことを嫌っていないと判断して良いのだろうか。

それともそれは自分に都合のよすぎる解釈か。


「松岡く……リン、くん。私、あなたのこと好きなんだけど」

「50点」

「何が!?」


勇気を出した告白に点数をつけるなんてひどい。

心にできた傷跡がジワリと開く。


「おまえ、ハルたちのこと呼び捨てで呼んでるだろ」

「え、ちょっ、ハードル……」

「聞こえねえな。ほら、もう一回」

「う……。私、リンのことが好きです」

「声が小せぇ」

「リンが好き!」

「俺の方が好きだ。さっさと気づけ、ばーか」


ずっと見たかった笑顔がそこにあった。



海はいつだって君の傍にいて



(2014/09/09)


 

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