静かに死んでいく夜の気配
「あまりにもつまらないですわね」
物憂げな表情でやけに色気のあるため息と共に吐き出された言葉。
同意を求めるソレに迅は何も応えなかった。
どんな言葉を返したところで、彼女が満足するはずがないのだから。
――パキッ。
香撫は今まで舐めていたキャンディーを噛んだ。
愛らしい……かどうかはともかく、タコの頭部が欠けた。
「迅は付き合う必要ないですわよ?」
よく見る彼女の笑みが言葉の真逆を指していることなんて、とうに理解している。
つまり、最後まできちんと付き合えと言っているのだ。
今二人がいるのは、荒れ果てた教会を眼下にとらえる場所。
その廃墟には人影も気配も何もない。
何もないその場所から二人は目を逸らさずにいた。
今は何もない場所だが、何かが起こることは予測されている。
迅と香撫はその「何か」に備えているのだ。
「付き合うよ。どうせ予定の一つもない寂しい男だからな」
「あら、自分のことをきちんと理解していらっしゃるなんて、なかなかできないことですわよ」
さすが迅と香撫は笑う。
そのまま、そういうところは嫌いじゃないですわと続ける。
喜んでいいのかへこむべきなのかよくわからない。
けれど、彼女がこんな風に言ってくれることも珍しいので、とりあえず自分に都合の良いプラスの意味で受け取っておいた。
「ところで迅。少し言っておきたいことがありますの」
良くない話を聞くのは好きではない。
彼女は一体どんな内容を彼の心に降り注がせるのだろう。
憂鬱に圧迫されながら続きを促した。
淡々とした彼女の声が、予想の斜め上を行く言葉を発した。
深いため息一つ。
そこにとりあえずの不満を詰め込んでおいた。
「香撫」
「あら何か問題でも?」
ニコリと微笑み――それは契約を交わした魔女のような「何か」を多分に含んだ笑み。
否定なんてできるはずがない。
自分は弱い立場なのだと再確認させられるだけに終わった。
「いや、何も……」
「言いたいことがあるなら、はっきり仰って? 意外と良い案が眠っているかもしれませんもの」
残念ながら現状を変えるヒントになりそうな発言はない。
ただ――そう、彼女の名前を呼んで、自分のいる場所を確かめたかったのだ。
ここにいると確信したかったのだ。
思いの外弱気になっている自分に笑いが込み上げた。
こんなのは自分らしくないなと自嘲する。
闇が身動ぎをした。
「夜が明けますわ。結局一晩無駄にしただけですわね」
「珍しいな、こんな結果になるなんて」
「たまには外れることもあるんじゃなくて?」
肩を落としたかと思えば、そうでもない態度を見せる。
つまらないと呟きながらも彼女はこんな日々を楽しんでいるように見える。
「何を笑っていますの? 不愉快ですわよ」
「ごめん。悪い意味はないんだ」
「じゃあ、何?」
「香撫の言う「萌えない」展開も悪くないんじゃないかと思ったんだよ」
「そんなつまらない現実は願い下げですわ」
ぷいと顔を背けた彼女が何割増かで普段より可愛らしかった。
怖くて素直にそんなことは言えないから、心に留めておく。
香撫が望む現実が展開するのは、もう間もなくの話。
静かに死んでいく夜の気配
title:icy
(2014/01/21)
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