あなたの翼で大空を包んで


一、二、三……。

と噛み締めるように心の中で数を読みながら、アンジェは階段を歩んでいた。

メルトキオの街並みは相変わらず美しい。

……と言っても、貴族街と城に繋がる大通りに限られてしまうのだが。

一歩裏道へ入ると見せる顔が変わる。

治安がいいとお世辞にも言えない空気にすらなるのだ。

その二面性が苦手だった。

自分がどちら側に立つ人間なのかわからなくなる。

それは都合のいい言い訳かもしれない。

それでも、どっち着かずのふらふらとした人間なのだと思うと、何となく心が重くなるのだ。


「アンジェちゃん、発見〜」


陽気な声が耳に飛び込んでくる。

深く暗い井戸の底にいたアンジェを引きずり上げてくれる。

そんな明るい声。


「ゼロスっ……、様……」


今自分が立っている場所がメルトキオであることを改めて自覚して、取って付けた敬称が遅れて飛び出した。

おそるおそる辺りを見回すと、とりあえずアンジェを睨んでいるような人物はいなかった。

今日も大きなもめ事を起こさずに済んだと安堵する。

今日という日はまだ終わっていないのに。


「そっ、俺さま。で、アンジェちゃんはここで何してたの? 随分暗い顔をしてたけど、何か悩み事? 困ったことがあったら、何でも俺さまに言っちゃってよ」

「ありがとう……ございます」

「何々? 俺さまじゃ頼りにならない?」

「そんなわけない……!! です……」


随分頼りない言葉がアンジェの口から飛び出した。

上手く言葉にできない思いすらも解っているとでも言うようにゼロスは頷いた。



「で、だ。アンジェちゃん」

「何が『で』なわけ?」


何度来ても感想は変わりそうにない豪華なワイルダー邸。

あたたかいお茶を一口飲んで、鋭い視線をゼロスに向けた。

香り高い茶葉が鼻孔をくすぐり、心が穏やかになるような気がした。

気がしただけで、無理やりここに連れてこられたことに納得はしていない。

こんなところをどこぞのご令嬢に見つかった暁には、アンジェに明日はない。

愛するお父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。

なセリフを吐く時間くらいは与えられるだろうか。

若干ぶっ飛んだ考えを思考の片隅へ追いやった。


「ゼロスが私を呼ぶなんて珍しいよね?」

「まあ……たまには、可愛い女の子の悩み相談を受けるのも悪くないかなって……」

「私に嘘はいらないよ。はっきり言ってくれて大丈夫」


アンジェはゼロスに伝えたいことがある。

それと同じようにゼロスもアンジェに言いたいことがあるはずだ。

回りくどい言い方なんてしなくていい。

それは時間の無駄に他ならない。


「さっすが、アンジェちゃん。あのね、俺さま悩んでるわけなのよ」

「悩み? ゼロスの? セレス様絡みじゃなくて?」


彼の愛する妹の名前を出せば、驚きに目を見開き、それから穏やかな表情に変わった。

それだけで、ゼロスの悩みが何なのか確信に近い想像がついた。

彼が悩みと称して話をしたいのは、アンジェのことだ。


「……じゃあ、その話は置いといて、私の話でも聞いてもらおうかな」

「いやいやいや。置いとかないで、ちゃんと聞いてよ。俺さま、真剣に悩んでるんだから」

「うん。わかるよ。でもね、きっと私の話の方が大事」


そんなやりとりを数回繰り返す。

本題よりもそれを楽しむかのように。


「うん。帰る」

「ちょっ、何、突然。そんな流れじゃなかったよね!?」

「お茶もお菓子も頂いたし、ちょうど帰るタイミングかなと……」

「いやいや。まだ話したいこと話してないし」


ゼロスの言葉を無視してアンジェは立ち上がる。

そして深いお辞儀一つ。


「素敵なお茶をありがとう、ゼロス様」


ハートマークが飛び交っているような声を出し、アンジェはワイルダー邸を後に……。


「アンジェ」


甘い甘い砂糖菓子のような声音でゼロスはその名前を呼んだ。

卑怯だと思う。

アンジェがその声に弱いことをわかってやっているのだ。

ずるい以外の何物でもない。そんなものに流されないと決意したところで、無理なのだ。

気がつけば、アンジェはゼロスの腕の中にいた。


「ゼロス、それは反則だよね?」

「何の話? 俺さまわかんなーい」


わざとらしいことこの上ない。

それでも、好きなのだから仕方ない。


「……大切、だよ。あなたの存在もあなたの心も。それから、あなたの仲間も。……あなたと生きる世界も」

「アンジェ……」


間違っているかもしれない。

けれど、ゼロスがほしいのはきっとこんな言葉。


「やっぱ敵わねえな、アンジェには」

「ありがとう……って言いたいとこだけど、私も敵わないよゼロスには」


似た者同士。

だから、側にいたい。支えあいたい。

どっちつかずな不安定な自分。

けれど、ふわふわしているアンジェを掴んでくれるゼロスがいる。

それは、とても幸せなことだった。



あなたの翼で大空を包んで



title:icy



(2014/09/23)


 

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