大人になってしまった私を


冷えた風がガタガタと窓ガラスを揺らす。

やけに強いその音にアンジェは目を向けた。

まるで自分の存在を主張するような乱暴な音は、アンジェの視線を受け一瞬和らいだ。

が、次の瞬間にはまたガタガタと不協和音を奏で出す。


「今にも降りそうね……」


冷たい風吹く外の世界、その上空には夜を隠すような厚い雲が広がっていた。

不穏な空気をこれでもかと醸し出す世界にアンジェは小さな笑い声をもらす。

楽しいわけでもバカにしたわけでもなく、無意識にこぼれた笑い声だった。

そんな自分に驚き、小さなため息を落とす。

何度、平常心平常心と呟いたことだろう。

窓から離れて歩を進める。


「オズ」


夜の静寂を壊さぬように震わせた声は、ソファで眠る少年には届かなかった。

10年振りの再会。

彼にしてみれば、数時間振りの再会。

長い、長すぎる時間だった。

何度泣いただろう。

何度絶望しただろう。

何度自分を殺そうとしただろう。

何度自分や周囲を傷つけただろう。

何度……。

純粋な色は完全に息を潜め、どす黒い負の色だけがアンジェの内面を染め上げる。

これが大人になることなのかと少し、ほんの少しだけ寂しくなる。

もっとも、オズの顔を見てしまえばそれは「少し」なんて単語では済まされないものだが。

形だけの笑顔を作ってオズに目を向ける。

穏やかに眠る彼は、記憶に残るあの時から何も変わっていない。

怖いくらいに変わっていないのだ。

まじまじと見つめていた自分に気づき、慌ててそっぽ向く。

一体自分は何をしているのだろう。

何を期待して、何に絶望しているのだろう。

逃げるように足を進めた時だった。


「アンジェ……?」


寝起き独特の声色で名前を呼ばれる。

一瞬跳ねた心臓に気づかれないよう振り返る。


「何? まだ「おはよう」には早いよ?」


微笑みを貼りつけて、やけに年上ぶった台詞を吐く。

自分には可愛げも思いやりもないのだと軽い絶望感に胸を食われた。


「アンジェ……」


オズはアンジェとは違う儚い笑みを浮かべ、彼女を呼ぶ。

早く来てと視線で急かしながら。

そんな彼に従い、歩を進める。

一歩一歩、彼に近づく度にドキドキと心臓がうるさいくらいに悲鳴を上げた。

緊張しているのだと嫌でも思い知らされる。


「何?」


ひんやりとした声音が自身の中を反響する。


「アンジェは変わってないよ」

「なっ……」

「自分に嘘をつけないトコとか、不器用なトコとか。それから……」


オズは笑った。

あの頃はやけに大人びた笑顔に見えたが、今は何もかも諦めた可愛げのない下手な笑顔に見える。


「オレのことを想ってくれるトコ」

「何をっ……」

「ありがとう、アンジェ」


愛らしいチェインと共に帰ってきたオズを、再びアンジェの前に現れたオズを、彼を眼前にした時の感情はきっと忘れられない。


「オズ……!!」


好きでいて欲しいなんて贅沢は言わない。

ただ、嫌いにならないで欲しかった。



大人になってしまった私を



title:icy



(2014/01/21)


 

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