指先に熱を隠して


みんなで賑やかに過ごした朝食の時間とは異なり、今ここにいるのは杏樹と花礫の二人きり。

数分前までいた羊がいなくなってから、漂うのは重い空気だけ。

当然のように食事の手は進まない。

フォークをギュッと握ったまま、杏樹はため息をついた。

憂鬱が塊になってテーブルクロスに穴を開けてしまうのではないか、なんて馬鹿げたことを考えてしまう。

このまま無意味に時間を過ごすより、食事を終えてこの場を離れた方がいい。

そう考えた時だった。


「なあ」

「はっ、はいっ!」


先生に名前を呼ばれたように、しゃんと姿勢を正してはっきり返事をする。

そんな彼女の反応に花礫は舌打ちをしてから、視線を外した。

明らかに苛立った様を目にしてしまうと、更に今後の展開が無理難題に思えてくる。

間違ったリアクションをしてしまったと頭を抱えていると、花礫はまた名前を呼んだ。


「なあ、杏樹」

「はいっ、何でしょう!!」


あからさまなため息をついた花礫は、杏樹との距離を埋める。

ドクンドクン、と心臓が口から飛び出す勢いで動き回っている。

早く逃げろと本能に告げられている気がした。


「ほら」


花礫は食べやすいようにカットされた果実にフォークを突き刺し、杏樹の前に差し出した。

彼の行動がまったく理解できない。

何故このタイミングでこのようなことをしてくるのだろうか。


「あの、花礫……これは……」

「要らないのかよ」


花礫は杏樹の前に出していたフォークを口に含む。

そして、瑞々しい果実を咀嚼した。

やけに美味しそうに見えたのは何故だろう。

ゆっくり味わった彼は、もう一度同じことを繰り返す。

目の前に出されたフォークをおそるおそる口に含む。

甘さと程よい酸味が口いっぱいに広がった。


「おいしい」

「美味いのはわかってんだから、さっさと食え。見てるだけで腹が膨れたら世話ないだろ」


どうやら花礫は食事が進んでいない杏樹を心配してくれていたらしい。

近寄り難い雰囲気を持ちながらも、随分他人に優しいのだと思えた。

思い込みはいけないなと思っていたら、そんな杏樹を試すように言葉を放つ。


「杏樹」

「何……?」

「簡単に逃げられると思うなよ」


大胆不敵な笑みを浮かべ、杏樹の頬に触れる花礫。

ボッと瞬間的に生まれた熱は体内を暴れまわっていた。



指先に熱を隠して



title:ハイフン



(2013/10/10)


 

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