優しい呪縛に沈む


武骸によって傷つけられた右腕を手当てする黎明の顔は険しい。

呼吸することすら許されないような空気に喉が渇いた悲鳴を上げる。

黎明と目を合わせるのが怖くて、杏樹はあちらこちらへと不自然に目を動かした。

悪戯に時間を潰したとしても、それはいつか訪れる時間をただ先伸ばしにしているだけ。

無意味なことだ。


「あの……」


勇気を振り絞って出てきたのはたった二文字。

それだけで黎明の動きは止まった。

それを求めていたのだが、実際に目にすると指先を突く荊のようだ。

恐怖ではないはずなのに、それに酷似した感情。

息ができなくなって、当然のように胸が苦しくなる。

意識して呼吸したところで、生まれて初めて泳ぐ子どものように不格好で不自然なもの。


「ゴメンナサイ。何デモナイデス」


機械音のような調子の棒読みを落として、杏樹は今存在する空気から、黎明の瞳から逃げようとした。

上手く逃げ切れただなんて、間違っても思えない。


「杏樹」


しばらくして聞こえてきたのは、消えてしまいそうに小さな声だった。

その声は彼女の心臓を掴む。

一瞬息が止まった。

返事ができない。

何とか応えようと頭を上下に動かす。


「杏樹……」


ギュッと抱きしめられていると認識するのに数秒を要した。


「ちょっ……黎明!?」


心臓が壊れてしまいそうになるから、彼の背中を叩いて抗議する。


「杏樹は知らないんです」

「え……?」

「貴女の無茶がどれほど僕を苦しめているかを」

「黎明……」


ここで謝ったって意味はない。

そんなことわかりきっている。

それでも、謝らずにはいられなかった。


「……ごめん」

「本当に悪いと思っていますか?」

「思ってるよ」

「なら、もう無茶しないでください」

「それは……」


すぐに頷けないのは、杏樹に守るべきものがあるから。

守りたい人がいるから。

守るためにはどんな無茶だってしてしまうだろう。

黎明の気持ちはわかるのに、彼の言葉には頷けない。


「杏樹。お願いですから……!」

「私は……」


言葉を切り、目を閉じる。

一呼吸おいて、自分の決意を音に変えた。


「私は、守りたいの。当たり前に過ごせる毎日を。フライコールをボスを、それから……黎明を」


幸い杏樹が持つ武骸は高い攻撃力を誇るもの。

その分扱えるようになるまで、何度死の淵を見たことか。

自分の手で思い通りに動かすことができた瞬間は、今でも忘れられない。

嬉しくて、泣いた。

足手まといにならず、戦力として隣に立てることがどんなに嬉しかっただろう。


「杏樹、貴女もボスも僕が守ります。だから……」


黎明の言葉は、決して揺るがないはずの杏樹の思いすら優しく縛りつけた。

それを拒絶できないのは自分も望んでいたからなのかわからなかった。



優しい呪縛に沈む



title:ハイフン



(2013/04/15)
(加筆修正→2013/09/18)


 

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