そして色づくのです


その瞳が、ほんの少し怖い。

杏樹は隣に座る少年に目を向けた。

彼女の視線に気づいていないのかどうかわからないが、无はぼんやり目の前の景色を眺めている。

ぼんやりという表現は間違っている。

宝物でも見つけたかのような輝く瞳、純粋無垢な穢れを知らない目が世界を見つめていた。

どこをどう見れば、この世界にドキドキやワクワクが見つけられるのか杏樹には疑問だった。

幼い頃からツラく苦しいモノを積み重ねてきた彼女には、无の瞳は真似できない。

彼のような真白な心は理解できなかった。

同じ場所にいるのに、見ているものがまったく違う。

それが何だか寂しかった。

杏樹には一生无と同じものが見られないんだと言われているようで。

それが事実だとしてもツラい。


「ねえ、杏樹ちゃん」


キラキラと輝く笑みが向けられる。

真っ直ぐ過ぎる瞳を前に、心は咄嗟に逃げようとしていた。

そのことに気づいて、嫌な気分を味わう。


「……何?」

「今日は気持ちいいね」

「そう?」

「うん。ここがね、ぽかぽかするよ」


无は自分の胸に手を当て、ニコリと笑う。

杏樹にはその感覚がわからない……と否定しようとして気づいた。

无の笑顔を見ていると、彼のいう「ぽかぽか」に似た感情が生まれているような気がする。

確かにこれは気持ちいい。


「そうだね。今日は気持ちいいよ」

「良かった。杏樹ちゃんも俺と同じ気持ちで」


ずっと笑っている无の笑顔が眩しい。

けれど、そこに嫌悪感はない。

雨上がりの空を吹く風のような、大きく架かった虹のような、上手く言えないけれどそんなもの。


「俺ね、杏樹ちゃんのこと、好きだよ」


好きな食べ物を答えるように簡単に无はそんな言葉を放った。

動揺してしまうのは当たり前だろう。

寂しい話だが、誰かに好きと言われたことなんてない。


「ちょっ、无!?」

「嘘じゃないよ?」


无の言葉を嘘だなんて思ったことはない。

けれど、突然好きだなんて言った経緯を知りたい。

いや、知りたいのはそれだけじゃない。

もっともっと、无のことを知りたい。

たくさん話をしたい。

わかり合えないと勝手に思い込んでいた。

今、无と杏樹の距離はこんなに近いのに。


「无っ……」


ポロポロと溢れる涙を止める術を持たない。

ただ醜い泣き顔を晒したくなくて、両腕で顔を覆った。


「杏樹ちゃん、どうしたの。どこか痛いの?」


オロオロとわかりやすく狼狽える无に、杏樹は首を振ることでしか伝えることができない。


「无、違っ、の……」

「杏樹ちゃん?」

「……っ、好き。私も、无が好きっ」


ようやく飛び出したのは、子どもみたいな言葉だったけれど、確かに无には届いていた。



そして色づくのです



title:ハイフン



(2013/05/15)
(加筆修正→2013/09/18)


 

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