左右対称恋愛論


「あれ?」


窓の外をぼんやり眺めている少年に立ち止まる。

少し近づいてみると、溜め息が聞こえた。


「……」


どうしたのだろう。

またいつものような理由だろうか。

少々躊躇しながら、声をかけた。


「キッド」

「ん? ああ、アンジェか」


ちらりと視線を向けたかと思うと、すぐに逸らされた。

様子がおかしい。


「また何か鬱な事でもあったの?」

「……アンジェは俺を何だと思っているんだ」

「うーん……ちょっと変わった死神かな」

「……」


拗ねたように、じっと見られた。

その空気が落ち着かなくて、アンジェは話題を変える。


「あ。リズとパティーは?」

「買い物だ」

「じゃあ……」

「アンジェ」

「……はい」


強く名前を呼ばれた。

言い訳を並べた子供を叱る親に似た呼び方。

アンジェは諦めて、従う事にした。


「ちょっと付き合ってくれ」

「? どこへ?」

「ついてくれば分かる」


そう言って歩き始めた。

アンジェは少し悩んで、その背中を追いかけた。


「いきなりどうしたの?」

「何でもない。いいから、黙って歩け」


怒っているわけではなさそうだ。

けれど、そう感じる雰囲気が滲んでいる。

アンジェが連れて来られたのは、図書館。


「資料探しを手伝ってくれないか?」


ここまで来て嫌だとは言えない。


「いいよ」


キッドはポケットから出した紙を、ぴったり半分に切ってアンジェに渡した。

そのメモを見ると、四冊の本のタイトル。

半分に切って四冊という事は、全部で八冊だ。

キッドの好きな「8」。

そのタイトルから、一体何の資料になるのか疑問だったが、本棚の前に立った。


「頼むぞ、アンジェ」

「りょーかい」


何冊も何十冊も何百冊も並んだ本の中から、目的の物を探す。

それは意外と大変な事で。

というのも、よく分からない本を探さなければならないからだ。


「ねえ、キッド」

「何だ?」


分厚い本を捲っていたキッドが、ちらりとこちらに視線を向けた。


「それ、面白い?」


先程から瞳を輝かせて眺めている本。

世界の建造物について、書かれている本だった。


「アンジェには分からないか」

「何それ」


最初から諦めたように言われると腹が立つ。

もっとも、その通りだったりするが。


「キッドは本全部見つけたの?」


無言で指差す先。

机の中心に、ぴったりそろえて置かれた本。


「アンジェはまだか?」

「後、一冊です」


何だか悔しくて、子供のように拗ねてしまった。

その様がツボだったのか、キッドは口許に手を置き、小さく笑った。

バカにしたような笑い方ではなく、優しい笑い方だった。


「一緒に探すか」

「うん。でも、どこにあるんだろうね。『ナス料理の極意 第六版』」

「その本なら、多分向こうの棚だな」


本棚の両端からその本を探す。


「あった」


本棚の上の方、背伸びしても微妙に届かない位置。

自分の身長が憎らしくなる。


「ほら」


後ろから来た手が、簡単にその本を取る。

それも何か悔しい。


「キッドってパッと見、身長低いのに、私より高いんだよね」

「ケンカを売ってるのか」

「羨ましいなって思っただけ」

「……え?」

「後、そういうトコ好きだよ」


さらりとこぼれた言葉。

重いようで、軽い言葉。

アンジェのその言葉に、キッドは目を伏せた。


「わ、私、何か変な事言った?」


自覚がない。

彼をヘコませるような言葉を言った自覚が。


「アンジェ」

「何?」

「むやみに「好き」と言わない方がいいぞ」

「……何で?」

「何でって……」

「だって、好きだから好きって言うのに」


キッドの言いたい事が分からず、何だかイライラする。

好きだと感じた時に、好きだと言えればいいのに、とアンジェは思った。


「多分、違うからだ」

「違う? 何が?」

「好きの意味が」

「好きは好きでしょ。好きと嫌いは違うけど」

「もういい」


八冊の本を手に、キッドは図書館を出る。

すぐに追いかけられなかった。


「ねえ、キッド。私、おんなじだと思うよ」


キッドの「好き」もアンジェの「好き」も。

同じだから、一緒にいて楽しいと感じるのだと思っていた。

それは、思い込みだったのだろうか。


「アンジェ、早く来い」


外で呼ぶ声。

怒っているのか、笑っているのか、分からない。

けれど、名前を呼んでくれたから。


「今行く!」


並んで歩く。

二つの足音が何だか嬉しくて。


「好き」

「……また」

「キッドは、嫌い?」

「……好き、かもな」

「聞こえないよ!」


それっきり何も言わなくなった。



きっとおんなじ「好き」だよ。
 

君が大好きな「左右対称」。



up 2008/07/05
移動 2016/01/27


 

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