ただいま尾行中


「……」


とある少年の背中を追いかける少女の姿。

周りの人間から見れば、怪しすぎる。

そんな周囲の視線を気にする事なく、アンジェは彼の背中を追っていた。


「絶対に浮気の証拠を掴んでやるー!」


***



家の壁やら、柱やらに隠れながら、アンジェは少年の背中を追いかけていた。

彼の名前は、『デス・ザ・キッド』。

死神様の息子として、左右対称を愛する神経質な少年として、かなり有名な人物である。

アンジェは今、その有名な少年を(堂々と)尾行していた。


「それにしても、どこに行くんだろ……」


歩く速度は一切変わらず、アンジェとキッドの距離も一定を保ったまま、もう25分が過ぎようとしていた。


「アンジェ?」

「マカ。それに、ソウル」

「こんな所で何し――……」

「しー……。見つかっちゃうでしょ!」


二人を建物の影へと引っ張り、小声で怒る。


「で、何してるの?」


アンジェに合わせて、マカも小声で尋ねる。

さっきまで口(と鼻)を塞がれていたソウルは、苦しそうに呼吸を繰り返していた。


「尾行」

「……尾行? 一体誰を? それに、何で?」

「キッドの浮気現場を目撃しようかと思って」

「……」


マカとソウルは顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。


「悪いけど、私急ぐから!」


マカとソウルをその場に残し、アンジェは尾行を再開した。


「アイツ、浮気なんかしてたか?」

「まさか。アンジェちゃんの事大事にしてるように思ったけど……」


などというソウルとマカの会話は、聞こえていなかった。

先程と変わらず、一定距離を保つアンジェ。

そこへ……。


「よぉ! アンジェ! 俺さ――……」


大声を出したブラック☆スターのお腹を思い切り殴り、建物の影へ。

苦笑を浮かべ、椿はアンジェに続いた。


「ブラック☆スター、うるさい」

「お前な、俺じゃなかったら、人殺してるぞ」


アンジェはそれほどの力で、ブラック☆スターを殴ったらしい。


「えと、アンジェちゃん。ごめんね」

「大丈夫、多分」


ちらりとキッドの方を見れば、気づかれなかったようで、変わらず歩いている背中があった。


「で、何してんだよ」

「キッドを尾行」

「えと……どうして?」

「浮気現場をね」

「浮気?」


二人の周りには詳しく訊きたいという空気が漂っていたが、アンジェはその背中を見失わないように、歩き出した。


「二人とも、またね!」

「……浮気って目立つかな」

「ブラック☆スター!!」


二人と別れて歩いていると、アンジェはとある人物を見つけた。

キッドを尾行している事も忘れ、走り出す。


「クロナっ!」

「え……アンジェ?」


驚くクロナに思い切り抱きついた。


「ちょっとお前何してんだ!!」

「ラグナロクも一緒だったんだね」

「当たり前だろ!!」

「久しぶり〜」

「えと……一昨日、会ったよね?」


落ち着かないようで、キョロキョロするクロナを気にする事なく、笑顔で話を続ける。


「一人で買い物? 珍しいね」

「一人じゃねぇだろーが」

「あ、ラグナロクと二人でデート?」

「お前っ……!!」


殴られそうになり、アンジェは離れた。

ラグナロクの拳はクロナの顔へ。


「何買いに行くの? 私も一緒に行っていい?」

「アンジェ」


背後からかかった声。

首を絞めるように腕を回され、後ろに引っ張られた。


「苦しいって……キッド!?」

「アンジェは俺を尾行していたんじゃないのか?」

「な、んで、知って……」

「あれで隠れているつもりなら、本当に可愛いな」

「……」


いつもより近い距離。

耳元で聞こえたその声で、顔が紅く染まる。

自分でも分かる程に、顔が熱い。


「あの……キッド。ちょっと離れてほしいな……なんて思うんだけど」

「断る」

「う……」

「あ、あの……邪魔そうだから、か、か、帰るねっ!!」


クロナはダッシュで帰って行った。

足が速かった。


「ね、キッド」

「ん?」

「浮気は?」

「……はい?」

「浮気してるでしょ」

「……」


キッドは溜め息をつくと、アンジェから離れた。

そして、右手を出した。


「行くか」

「浮気現場に!?」

「……」


キッドはアンジェの手をとり、歩き出した。

先程よりゆっくりとした足取りで。


「ねえ、キッド」

「何だ?」

「好きだよ」



up 2008/08/08
移動 2016/01/27


*ヴェスペリア発売記念作品


 

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