新しい黒猫いりませんか?
5
実に楽しそうに笑う園田さんはしばらくこらえ切れない、と言うように笑い続けた。しかし馬鹿にされたとは感じていない。あまりにも僕が明け透け過ぎてそれがおかしかったのだろう。
ひとしきり笑うとごめんね、と謝ってから返事を待つ僕の頭を優しく撫でてくれる。そしてなぜか眩しいものを見るみたいに目を細めて、ひどく柔らかく微笑んだ。
「うん、文昭の恋愛は……わりと普通ですね。顔の良さに寄ってくる女の子たちを断り切れずに付き合って、あまりのコミュニケーション能力のなさに別れる、みたいな。いつもそれの繰り返し。好みはまあ、可愛い子が好きみたいですけど」
「そ、それって普通って言わないと思う。イケメンありきなお話でしょ? あ、園田さんも顔がいいから変な耐性ついてるんだよ。これはフツメンにはあり得ない展開だからね」
えー、そうなのかな、なんて首を傾げる園田さんはどう見たって勝ち組だ。でもやっぱりあの人は昔からモテるんだな。まあ、そうだよね、身綺麗にしてたら男前だし、付き合ってみたーいなんて女の子はいっぱいいるよね。
けれどやっぱり女の子なのか、と言う残念な気持ちがある。いくらアピールしたって平凡ここに極まれり! みたいな男の僕じゃ、可愛くてふわふわで柔らかな女の子には勝ち目がない。
「文昭は、ミハネくんが好きだと思いますよ」
「え?」
「君と一緒にいる文昭はなんだか楽しそうだ」
「も、物珍しいだけじゃ」
「そうかな? そうじゃなきゃ、ミハネくんをあのアパートに連れ帰ったりしなかったよ」
うろたえた僕が視線をさ迷わせると、園田さんはぽんぽんとなだめすかすみたいに優しく頭に触れる。あの日、道の端にうずくまっていた僕。ちらちらと雪が降っていて、すごく手がかじかんで、履いていたスニーカーの中の指さえ冷え切っていた。
駅の方角から歩いてきたあの人は、そんな僕の前を一歩二歩と進み、ふいに足を止めて振り返った。そしてなにげない調子で「飯が食いたきゃついて来い」と呟き、また歩き出した。その声を聞いた僕は、なぜだかわからないけれど誘われるままに彼の背中を追いかけていた。
「ミハネくんはいまのまま、まっすぐにあの男にぶつかっていけばいいですよ」
「園田さん?」
どこか確信に満ちたような眼差し。その視線を見上げて僕は思わず首を傾げてしまう。けれどピリリっと急に着信音が鳴り響き、園田さんは後ろを向いてそれに応答する。僕はと言えば、なんだか胸の奥に不思議なぬくもりを感じて、確かめるようにぎゅっと胸元を握りしめた。
「ごめん、話の途中で。ちょっと編集長にどやされたから文昭の様子を見て来ますね」
「あ、うん」
もう一度僕の頭を撫でて、園田さんは急ぎ足で鈴凪荘へと向かって行った。遠くなっていく後ろ姿を見ながら、僕はいつまでもぼんやりとその先を見つめる。あの日、紺野さんはどんな気持ちで僕に声をかけたのだろう、そんなことを考えて立ち尽くしてしまった。
「ミハネくーん」
「あっ、はい!」
少し周りの音が遠ざかっていたけれど、名前を呼ばれて我に返った。声の先へ視線を向けると有希さんがこちらを見ている。なんだろうと思ったが、先ほど時間を見た時に十四時半を過ぎていた。慌てて時計を確認するともう昭太郎くんの下校時間になるところだ。
「ご、ごめんなさい! お迎え行ってきます!」
「急がなくていいよー! 道に気をつけてね」
「行ってきまーす!」
飛び上がるように駆け出した僕に道行く人たちが振り返る。しかし立ち止まっている場合でもないので、そのまま小学校を目指す。けれどこういう急いでいる時に限って声をかけられて、たびたび足を止めてしまうのはなぜだろう。
運悪く踏切もなかなか開かず、無意味にその場で足をジタバタしてしまう。校門にたどり着いたのは十五時十五分、いつもならもうその場所で昭太郎くんは待っている。それなのに辺りを見回してもその姿がなかった。
「あの! すみません!」
校舎のほうから歩いてくる年若い先生に思わず大きな声をかけてしまい、肩を跳ね上げて驚かれる。けれど僕の剣幕にただならぬものを感じたのか、足早に歩み寄ってくれた。
「あの、昭太郎くん。長門昭太郎くん、まだ校内にいますか?」
「え? あ、あれ? 昭太郎くん、いませんでした? お迎えが来るからここで待ってるって、さっき、あ……すみません! 少しだけと思って離れてしまって」
キョロキョロと辺りを見回す先生はどんどんと顔が青くなる。その表情にこちらまで落ち着かない気持ちになってしまうが、思い出したように僕は携帯電話を掴む。彼にはキッズケータイを持たせていた。
それを思い出して急いで電話をかけてみる。けれどコール音は聞こえるが、いくら待ってもそれに応答がない。気をそらしていたとしても着信音が大きいので、普段であれば気づくはずだ。
どうしようかとまた考えを巡らせて、今度はお母さんの有希さんに電話をかける。すぐに出てくれた彼女に状況を話してGPSで位置を確認してもらう。するとここからさほど離れてない位置で確認ができると言われた。
けれど家に帰る方向とはまったく違う。しかしいまは訝しんでいる時間はない。とりあえずそこへ向かうことを告げて一度通話を切った。
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