新しい黒猫いりませんか?
4

 商店街のお店のほとんどがシャッターを上げる頃には人の賑やかな声が広がり始める。この辺りは小学校や中学校も近く、ここ数年のあいだに引っ越してきた若いお母さんやお父さんなんかもよくやってくる。

 それに加えて昔ながらの商店街の良さに惹かれた人たちも集まった。お肉屋さんのコロッケに舌鼓を打ったり、削り出しのかき氷を食べたり、飴細工屋さんで瞳を輝かせたりと、みんなすごく楽しそうだ。
 吉吾青果店ではお漬物の試食販売をやっている。寧々子さんが漬けたお漬物は優しい味がしてとてもおいしい。今朝食べた大根のお漬物もここのものだ。この商店街は端から端までゆっくり歩くだけで楽しくなる。

 おいしいコーヒーとソフトクリーム盛り盛りのロングパフェが看板商品の喫茶店。電池式からネジ巻き、珍しいアンティークのものまで揃っている時計屋さん。店の前を通るとふんわりとほうじ茶の匂いが香るお茶屋さんなんかもある。
 便利なドラッグストアやおしゃれな美容院、コンビニなどは最近になって増えたようだ。

「いらっしゃいませ!」

「ミハネくんはいつも元気でいいわね。おばちゃんも元気になるわ」

「今日はなにかお探しですか?」

「ゴーヤってあるかしら? うちの人がテレビを見て食べてみたいって言うんだけど」

「ありますよ。一緒にレシピも入れておきますね。炒め物もいいですけど和え物なんかもおいしいですよ」

 食べてみたいけど調理方法がわからない、と言うお客さんも少なくない。だったらと寧々子さんと娘の有希さんが手作りレシピを作ったのだが、これがなかなか好評で、悩んでいた人たちもそれを見てやってみる、と前向きになって売り上げにも繋がった。

「そうだ、このあいだ発売になった先生のご本、とっても面白かったわ」

「そうなんですね! 紺野さんに伝えておきます」

「先生はいつもお忙しそうだけど、作家先生ってどんなお仕事なの?」

「んー、雑誌の連載を書いたり、本になる原稿を書いたり、あとは……」

「コラムやエッセイですね」

 興味津々な眼差しを向けられて唸っていた僕だったけれど、すかさずフォローする声が聞こえてきた。その声に振り返るとそこにはすらりと背の高い、眼鏡がよく似合う男の人が立っている。

 僕の視線ににっこりと微笑んだその人は、紺野さんの友人であり担当編集者でもある園田さん。穏やかな眼差しと紳士的な雰囲気はいかにも大人、と言う印象を受ける。以前歳を聞いたら今年で三十だと言っていた。
 半袖のYシャツにスラックスというごくありふれた格好なのに、なんだかちょっと格好良く見えるのはやはり顔の良さだろうか。僕に話しかけていたお客さんは頬を染めている。けれど園田さんが優しげな視線を向けると、おほほほとおかしな笑い声を上げて照れながら店の奥へ行ってしまった。

「園田さんどうしたの? まだお昼なのに。締め切り、夕方だったよね?」

「ええ、そうなんですが、生存確認メールに返事がなくて」

「えっ!」

 生存確認メールとは、集中し過ぎて飲み物を飲むことやトイレに立つのも忘れるあの人のために、園田さんから一時間置きに送信されるものだ。それに対し紺野さんは絵文字一個だけでも必ず返すのがお篭もり中のお約束になっている。

 美代子さんの次に言うことを聞くのが園田さんなので、これまでブツブツ文句を言いながらも返信はちゃんと来ていたと言う。それなのに今日は十二時少し前に昼ご飯を持っていったおばあちゃんからのOKメール来た以降途切れているそうだ。
 いまは十四時半を過ぎたところだから、少なくとも二回のメールをスルーしていることになる。たかが二回、されど二回。締め切り当日の音信不通は出版社としても焦るところだろう。

「まあ、もしかしたら原稿が進まなくてそれどころではないのかも、しれないんですが」

「紺野さんっていつも徹夜が多いけど、筆が遅いタイプなの?」

「いえ、決して遅くはないです。ただスイッチが入るまでが長い。ひらめきのように言葉が下りてくる、と言ったようなタイプだからですかね」

「ふぅん、なるほど。でも今回は難航してるんだ」

「ちょっと難題だったのかもしれないですね、恋愛ものは」

「え? 恋愛もの?」

 小さく唸った園田さんは顎に手を置き難しい顔をする。しかし僕は恋愛――と言う単語に耳ざとく反応してしまう。ここはあの人の恋愛経験談を窺うチャンスなのではないだろうか。
 しかし急に目を輝かせた僕に気づいたのか、ふっと園田さんは口元に笑みを浮かべる。そしてくいっと眼鏡のブリッジを押し上げて、その奥にある瞳をやんわりと細めた。あれ、これはもしかして僕の気持ちダダ漏れってやつかな?

「ミハネくんは色々気になるんですね、文昭のことが」

「んん゛っ、……はい」

 緊張して変な声が出てしまった。そして素直に返事をしてしまった。しかし僕を見下ろす園田さんは軽蔑するでも呆れるでもなく、いつもと変わらない、けどどこか企みもありそうな顔で笑っている。この反応は攻めていいのか引くべきか。

「なにが知りたいですか?」

「紺野さんの恋愛遍歴と好みを!」

 躊躇う僕を見透かすように尋ねられた言葉だが、ズバリと包み隠さず直球で切り込んでしまう。しかも力み過ぎなくらいに握りしめた両拳付きで。もはや気持ちを隠すなど二の次だ、そんな僕の反応に園田さんは楽しげに笑った。


[BACK | NEXT]
[しおりを挟む]
[TOP]


MAIN
HOME
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -