043「帰国」
「ああ、そうだなあ。
てめえにゃ悪いが、こいつは俺が貰う。」
なんでだろう。
全て嘘なのは分かってるのに。
なんか、嬉しい。
こんな時にこんな事、不謹慎なのは重々承知だけど。
まるで月九の主人公にでもなったみたいな、そんな気分。
わたしには、せいぜい火サスの死体役がお似合いだと思っていたけど。
案外そうでもないみたいだ。
スクアーロさんも、流石だと思った。
演技が超絶上手い。
しかも赤くなることなく、恥ずかしいセリフを言ってのけた。
凄い。
わたしなんて、「好きな人がいる」っていう嘘だけでかなり恥ずかしかったのに。
(あ、一応羞恥心くらいあるよ…)
「だから、今はまだ、珠紀を連れて行くのはやめてくれぇ。」
スクアーロさんはそう言った。
ちょ…えええ。
まじっすか。
わたしの事なのにここまで言わせて良いんだろうか。
いや、土下座とかしたわけじゃないけど、あのスクアーロさんが、他人に頼み事ですよ?
お願いですよ?
なかなかレアですよ。
なんて考えていると、にぃはスクアーロさんから視線を逸らし、わたしにそれを向けた。
そして、こちらに歩み寄って来て、
「ほうわっ!?」
「んなっ…」
ぎゅうっと……
いや、別にいつもは普通だよ、普通のことなんだけどさあ。
このタイミングでする?という。
「あ、あのう…にぃ?」
「…珠紀、あのね、僕も、珠紀のことが好き。」
「え?あ、うん…」
なんだ、どうしたんだ。
スーパーデレタイム?
いや、確かにさっきわたしもそんなこと言ったけれども…
って、なんかスクアーロさん固まっちゃってるんだけど、驚きすぎなんですけど。
にぃの腕の力が、少し強くなる。
「だからね、本当は、無理にでも連れて帰りたい。
まだ一緒にいたいって気持ちがある。
考えても見て。
僕らが、半年も会わなかったことがある?ないでしょ。
それに、ここに居ることが、珠紀にとって最善のことだとは、どうしても思えないんだよ。
あまり言いたくはないけど…
あの事件だって、思い出して辛いのは、他の誰でもなく、珠紀なんだから。」
そこまで言うと、にぃはすこしの沈黙を作った。
ああ、そうだったのか。
やっぱり、あのことを気にしてたんだね。
わたし自身、気にしていないわけじゃないし、思い出して気持ちのいいものでもないけど。
それでも過去は、そう簡単に精算しちゃいけないものだ。
忘れちゃいけないこともある。
しばらくの間の後、にぃはまた口を開く。
「でもね。」
「…うん。」
「好きだからこそ、珠紀の望みは聞いてあげたい。」
それだけ言うと、にぃは、わたしから離れていった。
そして、わたし達に背を向けて、「おやすみ」とだけ言って、また元来た道に帰っていった。
その場に残されたわたしとスクアーロさん。
ちらりと見ると、バッチリ目があった。
「え、えっと…」
なんだか、言葉に詰まる。
気まずいというわけではないんだけど、なんか、さっきのこともあって、何の話をしていいものか分からなくなってしまった。
それは、スクアーロさんも同じなようで。
「…とりあえず、帰るかぁ。
時間も時間だしなあ。」
「あ、ハイ。そうですね。」
帰り道の廊下は、静かだった。
これほど、同じ幹部であることを恨んだ日は無かった。
――――――――――
――チュン、チュンチュン
電子アラーム(♪雀の鳴き声)が、私の耳元で鳴いている。
…のはわかったけど、わたしがこんなもので起きるはずも無いわけで。
「今日仕事ねーよ…」
温かい布団に潜りながら、冷たい空気に手のみを晒し、目覚まし時計を探った。
やっと止まった雀の鳴き声にほっと一息つき、すっかり冷たくなった手を布団に戻す。
あー、手足が温かいとすぐに寝れるなあ、なんてしみじみと思いながら、二度寝タイムへ突入しかけた。
その時だった。
「おはよう。
二度寝しないでね。」
後ろから、何か聞きなれた声が。
そうっと、そうっと確かめてみよう。
寝起きで幻聴が聞こえたのかもしれない。
いや、本当だったからといって、別に慣れてるし驚くことではないんだけども。
「やあ。」
「…おはよございまーーす。
変態のお兄様。」
「やだなあ、もう知ってるくせに今更?」
あははと笑うが、いや、あははじゃないんだよ。
ここ家じゃないから。
一緒に寝ちゃダメだから。
ちょっと誤解生まれちゃうから!
とまあ、幻聴でもなかった訳だけど、なぜ朝っぱらからにぃの顔を見ているのだろうか。
用があってもすぐに言わないから、面倒くさいんだよ、この兄。
てか、昨日あんなことがあったのに、よくベッタリ出来るな。
我が兄ながら感服だよ。
「で、なに。」
寝ぼけたまま着替えつつ問うと、「ああ、」と一つ。
いや、忘れてたとか言うんじゃないぞ。
「忘れてたよ。
あのね、僕今日帰るから。」
「…はあ?」
「結局って顔してるね。
うん、結局なんだよ。
三時間後の便に乗るから、そろそろここ出ないといけないんだよね。」
え、ちょ。
「マジか。」
「マジだよ。」
いや、お許しが下ったって事は嬉しいよ?嬉しいけども。
いきなり過ぎね?
たぶん、もともと今日帰るつもりで飛行機予約してたんだろうけど…
わたしの分キャンセルしたりしたんだろうな。
「ってことで、帰るね。」
「え、ちょ、待っ…」
にぃがドアを開けた瞬間。
わたしはベッドからこけた。
でも、本当に驚いたのはそこじゃない。
「…なんでいるんだぁ。」
「やあ。おはよう。
今から帰るんだよ。よかったね。
君らのボスには言ってあるから。」
「う゛おぉい、待て、いきなり会ってそれかぁ?」
「よかったじゃないか、君にとっては。
じゃあ、僕急いでるから。」
にぃが足早に去ろうとする。
わたしもやっとこさ起き上がり、なぜかいた(通りすがった?)スクアーロさんのもとへ行く。
遠くなる背中。
なんだか、来た時は驚いたし、ここに残りたいといったのはわたしだけど、いざ離れるとなれば、寂しい。
涙が出そうになったその時。
にぃが歩く足を止めて、「あ」と一言。
そして振り向いて、
「そうそう。
長髪の君に一つ言いたいんだけどね。
次があるなら、もう少し上手く演じてよね。
せっかくなら騙されないと、つまらないでしょ。」
「じゃあね。」
にぃはそう言って、にっこり笑いながら本当に去っていった。
「…………。」
「…スクアーロさん、バレてたんでしょうか、これは。」
いや、聞くまでもない。
バレていたのだ。
じゃあ何故、ここに残ってもいいと言ったのか。
結局、わたしの気持ちのみを優先してくれたのか?
…あああなんか気持ち悪い。
不思議だらけすぎて気持ち悪い。
するとスクアーロさんは大きくため息を吐いて、「あの野郎」と言った。
え。なにが?
と思いスクアーロさんの方を見ると、「見なくていい」と顔を大きな手で隠された。
「スクアーロさん。」
「なんだぁ。」
「手冷たいです。」
「…少し我慢しろぉ。」
「スクアーロさん。」
「今度はなんだぁ。」
でも、あまり隠した意味は無かった。
多分、スクアーロさんが見られたくなかったものは、もう見てしまったと思うから。
「顔、赤いですよ。」
まあ、このあと殴られたのは言うまでもないってことで。
―――――
だんだんお兄ちゃん編めんどくなったのは、言わない方向で。
しかしわたしにとってもハケンさんにとっても、これほど長い話は初めてだったので新鮮でした。
今回隊長フラグビンビンでしたね。
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