042「lie?」
こんな上機嫌なボス、初めて見た。
あの後、案の定ボスと満天のバカップル…否バカ夫婦はすぐに帰ってきた。
何で帰って来たのかと言うと、これがまた驚き。
イギリスの最後の目的地として、車屋に向かったらしい。
そしてそこで車(モチロン一流中の一流高級車)をポケットマネーでポンと購入し、ドライブしつつ帰ってきたというのだ。
…ね?バカ夫婦でしょ。
「かわいいクマも乗せてくれたんだよ、ザンザスさんってば。」
「あそうよかったね。
つーかお前才能あるよ、ツナママ二号になる才能。」
「え?なにが?」
「知らないほうがよくね。」
こんな会話をしつつ、(使用人も出すわけにいかないので)大量の荷物を受け取っていると、嫌なタイミングで、嫌な感じの人がやってきたわけだ。
「へえ、やっと帰ってきたの。
待ちくたびれちゃったよ。」
ほうら嫌な感じだ。
…え?なんで今回のナレーションがこんなに適当かつコミカル風味なのかって?
そりゃあんた、あれだよ。
もしわたしがここで暗い感じとか、わかりやすい細やかな表現でもしてみろよ。
精神がもたないから。
なんでかって、そりゃお前、聞くことじゃあないよ。
野暮ってやつだよ。
ちょっと分かりづらい思うけど、これ、わたしが過去を振り返って話してる体だからね。
すこし細やかな日記を書いていると思ってくれればいい。
話がいまいち繋がらなくなる。
そんな一抹の不安を抱えつつも、この形式でしばらく送って行きたい。
(わたしのターンが終わるまで。)
「あぁ?
…雲雀、恭弥か。
なぜお前がここにいる。」
「ワォ。
名前を覚えていたなんて、嬉しいな。」
絶対嘘だろ。
ちっとも嬉しそうには見えないぞ。
あの雰囲気では、とうてい言えたことじゃなかったけど、そう思った。
それを聞いて、ボスもそれから何かを悟ったのか、「部屋行っててくれ。」と、一言満天に言った。
うん、なんだろう。
超直感だっけ。
なんやかんやボスにもあるっぽいやつ。
(満天にも若干あるみたいだけど。
あ、だから夫婦仲いいのか。悟りあえるし。)
満天は、ザンザスのその言葉に黙って頷いて、部屋に戻っていった。
「満天も戻った。
で、話があんなら手短に済ませろ。
俺は今、機嫌が良い。」
そこは普通「機嫌が悪い。怒らせんなよ。」的な感じで済ませるんじゃないの?
って思ったけど、ボス、ああ見えてわりと天然だから…
「機嫌が良い。損ねさせんなよ。」が正解だと思ってるんだ、きっと。
あと嘘が下手っぽいから、機嫌が良い時に笑わないことも、不機嫌を装うことも出来ないっぽい。
表情超緩やかだったもん。
「ああ、うん。
ここまで話を持ってくるまでずいぶん待ったから、一言で終わらせるのは、正直惜しいんだけどね。
珠紀を、日本に連れて帰るよ。
でも、今は珠紀の身は珠紀のものでもあり、職業上・立場上は、君のものでもある。
だから、そのための許可をもらいに来た。
話はこれだけ。」
にぃがそう言うと、ボスは「ふん」とひとつ鼻で笑った。
少しだけ、肩が跳ねた。
だって、ボスの「好きにしろ」の一言で、わたしは、わがままひとつ言えない立場になってしまうんだから。
三日前、わたしはスクアーロさんの協力を得て、ひとつの嘘を提案した。
作戦、とも呼べないほどの、簡単なことだけど、気持ち的にはちっとも簡単ではない。
スクアーロさんにとっても、わたしにとっても。
吐いていい嘘と悪い嘘がある、とよく言うけれど、本当にその通りなのだ。
今回の嘘もとい珠紀のわがままは、後者。
悪いもの。
そこは、お互いに承知の上…だと思うけど。
しかし、ボスがここでわたしを見放せば、それだけで、そんな嘘も作戦も意味をなさなくなってしまうのだ。
全ては、ボスがわたしを日本へ返すことに反対する、というのが大前提の話だから。
それを思ってか、ちらりとスクアーロさんの方を見れば、心無しか焦ったように、口を一文字に結んでいた。
でも、
「…何がおかしいの。」
ボスは、わたし達の期待を裏切った。
モチロン、とってもいい意味で。
「珠紀に聞け、そんなこと。」
「!」
ほら、チャンスが巡ってきた。
――――――――――
「珠紀に聞け、そんなこと。」
ボスさんがそう言うと、視線は当然珠紀に集まった。
珠紀の兄貴も、静かに妹を見やった。
「どうなの、珠紀。」
そして、静かにそう訊ねた。
なんだか、空気が一層重く感じられる。
重苦しい、というよりも、重い。
なんと言えば良いのだろう。
静かな空間で声を挙げづらい時なんかは、誰もが経験したことがあるだろう。
それによく似ている。
そう。
雰囲気がすべてを語っている。
“嘘のひとつも吐かせない。”
そう語っているような雰囲気だった。
真実の答えだけを、珠紀に求めているのが分かった。
「わたし、は…」
ああ、そういえばこいつ、嘘が下手だっけ、なんて。
今思い出しても遅いかぁ。
って、今はそんなこと関係ないなあ。
恐らく、いや、確実に。
珠紀自身、兄とこのように話したことが無いのだろう。
先にあれほど口裏をあわせておいても、今まさに焦っているのが、手に取るようにわかる。
この五日間で分かったことがあった。
珠紀と兄貴は、二人で話している時が、一番“素”なのだろうということ。
いつもリミッターを外していても居心地が良い。
それは造られた空間でも、想像の関係性でもない、真実だった。
だから、マフィアだとかそんなことを気にして、仮面を付けて向かい合ったことが、今までにあるはずが無いのだ。
物事において、焦りは禁物なんて言うが、焦りを感じなくなったら人間は終いだ。
しかし、その言葉が言っているのは、なにも焦るなということではない。
“焦りを隠せ”と言っているのだ。
自分自身にも分からなくなるほどに。
しかし、いくらなんでもこの状況は…
「なに、黙ってちゃ分からないよ。」
そう急かされるように言われ、珠紀の方が小さく震えた。
そして、噛み締めていた唇を、ゆっくりと開く。
「、わたし、は…」
「………。」
「ここに…もう少しだけ残りたい。」
これは、珠紀にとっての真実、なのだろう。
ヒバリは、特に驚いた様子もない。
ただ、黙って珠紀を見据えている。
そして俯き気味だった珠紀も顔をあげて、ヒバリを見た。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはヒバリの方で。
「そんなに、残りたい理由があるの。
この半年足らずで、そんな大層な理由がここに出来た?」
「っそりゃ、期間はまだ短いよ。
でも、半年で迎えにきたのは恭弥の方でしょ。」
「質問に答えてないよ。」
「、好きな人が、いるんだもんっ…!」
「へえ?それで何。
恋情優先で、先が見えていないって言うの?」
負けじと言い返すも、仮面を付けたヒバリに敵うはずもない。
涙の膜を張ったままの瞳で、珠紀はそれでもヒバリを見つめている。
あくまで助け舟はまだ求めねえって言うんだろうか。
その珠紀の考えていることは、よく分かった。
しかし、こう、なんて言えばいいのだろう。
理性でもないし、擁護したい気持ちでもないんだ。
かばおうという気持ちでもない。
「待てえ、ヒバリ。
続きは、俺に話させやがれぇ。」
雫を溢さまいと、必死に堪えている珠紀を見て、黙って見ていられる訳があるのか?
答えは、『NO』だぁ。
「…君が?
君に、珠紀の何を語れるって言うの。」
ヒバリの視線は、俺へ向けられた。
決心はとうに出来ている。
珠紀のために吐く嘘の一つや二つ、あいにく、俺にとっては痛くも痒くもないものだ。
「俺は…珠紀を愛している。
心底大切に思ってる。
一生、隣に置いておきてえ女だぁ。
だから、とは言わねえが…
こいつは、連れて行かねえでくれ。」
「………。」
それきり、黙りになったヒバリ。
作戦通り、ではあるが…
なんと言えばいいのか。
あながち嘘でもなんでもないあたりが、俺にとっては苦しいもんで。
先程までボスさんのいた場所に目をやれば、いつの間にやら消えていた。
面倒なことが嫌いなのはよく知っているが、愛妻家もほどほどにして欲しい。
そして、その沈黙を破ったのは、珠紀。
「あのね、にぃ。
わたし、にぃのこと好きだよ。
でも、ここの人たちも好きなんだ。
大切な人も出来た。
仲間ごっこなんてもう散々、なんて思ってたけど、これはごっこじゃあない。
まだ、過去は精算できてないけど…
この人たちなら、一緒にいても良いかなあって、思ったんだよ。」
「…だからって。
今の珠紀に、殺しができる?
殺しが出来なきゃ、ここにいたって意味はない。」
「するよ。
それもまた必要なことなら。」
珠紀がスッパリと言い切ると、ヒバリは表情一つ変えずに、そのまま俺に視線をやった。
「ねえ、君。」
「あ、あぁ…」
「君が言ってることは、つまり、何。
結婚でもするの?
この、イタリアで。」
すっと細められた目。
ヒバリが俺を、まっすぐに捕らえていた。
ヒバリによく似た顔した奴もしかり、ただまっすぐな視線を、俺に向けた。
なぜ、俺がこんなにも追い詰められるような形になっているのだろう。
元はといえば、ボスさんが珠紀を拾ってきたところから始まったんだよなあ…
じゃあ、悪いのはボスさんかぁ?
いや、違う。
悪い奴なんていねえ。
ここにいる奴らは、自分ではないもののために動いた。
ただそれだけのことだ。
そうなれば、俺がしなければいけない事は何だ。
俺は、自分以外の、何のために動けばいいのか。
答えは出ている。
「ああ、そうだなあ。
てめえにゃ悪いが、こいつは俺が貰う。」
俺が動く理由は、すぐそこにある。
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