貴方ではない残り香の中で
あの夜から一週間。
あれ以来彼は一度も店を訪れることはなかった。
海賊になりたいなんて、馬鹿なことを言う私を嫌ってしまったのか。
でも海軍なんだから、それは当たり前。
きっと今ここで騒いでいる彼らも、私があの女海賊の娘だということ、私が母の意思を継ぎたいと思っていることを打ち明ければもう明日からこの店は閑散とするだろう。
気分よくナマエを口説く海兵達に相槌を打つが、ナマエの頭の中はスモーカーでいっぱいだった。
結局、今日も彼は来ることなく、店は閉店時間を迎えた。
いつも通り客を見送り、プレートを裏返す。
店の掃除やグラスを洗い、さて二階に上がろうか、とした時、カランと店のベルが鳴った。
鍵はかけたつもりなんだけど、と疑問が浮かぶが、やっと来てくれた彼に隠しきれない笑みを浮かべ振り返る。が、そこにいたのはスモーカーではなかった。
「...どなた?プレートに書いてある通り、今日はもう終わりなんですけど」
「そりゃ悪ィな、だがやっと見つけたんだぜ。ナマエ」
「お知り合いだった?貴方のような極悪人顔、一度会ってたら忘れないと思うんだけど」
「クハハハ....!威勢のいいお嬢さんだな。流石はオフィーリアの娘だ」
「!!、母さんを知ってるの?」
「ああ。....あいつとは戦友、といった所か」
顔を横切るように傷をつけたその男は、ずかずかと店に入り込みどかっといつもスモーカーが座るカウンター席へと腰を下ろした。
追い返そうと思っていたが、母さんの戦友なら訳が違う、と手早くウイスキーを注ぎカウンターに置いた。
「成る程、あいつにそっくりだ」
まじまじと、舐めるようにナマエの顔を見ながらいやらしく笑う。
「....本当に母さんの戦友なの?」
「ああ、そうだ」
「お名前は?」
「サー・クロコダイル。聞いたことくらいあるだろ」
「クロコダイルってまさか....七武海の...?」
「ああ」
「....」
思わぬ大物に、押し黙るナマエ。
そんな大物がなぜ私のところに、と奇怪な目で見る。
「ガキに興味はねェ。死に際のオフィーリアからお前を頼む、としゃらめんどくせェ頼み事を受けた」
「母さんが?....私を頼むって、一体どういう..」
「海賊になりてェんだろう」
「...成る程ね、あなたと共に海に出ろってこと」
自分の死を間近に、残してきた娘を貴方に託した。
自分では叶えられなかった娘の夢を貴方に肩代わりさせる、そういうこと?
と言えば、クロコダイルは短く肯定の返事をした。
「それに、おれはてめェの父親を知ってる」
「!!」
思わずグラスを落としそうになる。
見開いた目で彼を見れば、いつの間にか吸い出していた葉巻の煙をふうっと吐き出した。
「何回か会った事がある。
海軍は気付いてねェみてェだがな。そいつがオフィーリアと関係があって、ガキまでいるってことを」
「..今、父が何処にいるか知っているの..?」
「さあ、どうだろうな」
また深く吐き出された白煙にナマエは顔を顰める。
「まあ無理矢理連れ出しても意味がねェ。おれはあと3日この島にいる。ログが溜まり次第出港するから来るか残るかはてめェで決めろ」
じゃあな、
また明日来るぜ。
彼はそう言い、明らかに多い札束をカウンターに置き店を出て行った。
しん、と静まり返る店内で、ナマエはただ呆然と立ち尽くしていた。
貴方ではない残り香の中で
どこかで鈴の音が鳴るのを待っていたの。
mae tugi
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