夜の空に溶けて消える
休みはゆっくりと過ごすことが出来、身体は妙にすっきりしていた。
いつも通り買い出しを済ませたナマエは無意識に念入りにメイクをして、お気に入りのシャンパンゴールドのワンピースを着た。
closeと書かれたプレートをopenに裏返す。
すると待ってましたと言わんばかりに待ち伏せしていた海兵達が雪崩込んできた。
今日のナマエはこまめに時計と入口を気にした。
無意識のうちに、彼が来るのではないか、という期待をしていたのだ。
「やだ、なんでそんなこと気にしてるんだろう.....」
気を引き締めるように頬を叩く。
彼はあくまでも、お客様の一人なんだから。
この海兵たちと同じ、ただのお客様。
「スモーカー軍曹がさあ〜」
ふと海兵たちの中で出た名前に反応してしまう。
「昨日、うちの雑用がスモーカー軍曹がめっちゃ綺麗な女の子と歩いてるとこ見たらしいんだよ」
「まじかよ!来たばっかりなのにやるな、軍曹ー」
軍曹さんが、女の人と...
関係ないのに、何故か胸が締め付けられる。
まあ、でもそうよね。
彼はかっこいいし、優しいし、強いし...
女の人の一人や二人、いても何らおかしくはない。
あまり考えないようにしていたが、
海兵たちの口説きにも上の空で返し、結局彼は訪れないまま閉店時間が来た。
潰れた海兵達を店の外まで送り届け、見送る。
未だ大きく手を振る彼らに小さく溜息をつき、プレートを裏返そうと後ろを向いたところに、彼はいた。
「あら...、軍曹さん...?」
「よお....もう終いか?」
「あ、ええ。
あの、でももしよろしければ開けますよ」
「じゃあ一杯だけ邪魔する」
なぜかうるさい心臓をよそに、彼はするりと店に入りカウンター席に座った。
ナマエはいそいそとウイスキーを用意し、おつまみによさそうなナッツを皿に移した。
「もう、今日は来ないかと」
「ああ、悪ィ。仕事が長引いてな」
「おつかれさまです」
ウイスキーとナッツをカウンターに出せば、またそれをジュースのように豪快に飲み干す。
「ふふ、お酒、強いのね」
「普通だろ。お前は飲まねェのか」
「もう沢山飲まされましたよ。貴方の部下達に」
「ああ....、あいつら、もし何かされたら言ってくれ」
「大丈夫ですよ。もうよく知ってる人たちだから」
濡れたグラスを拭きながら笑う、
スモーカーはそんな彼女を見ながら、絶妙に味付けされたナッツを口に運んだ。
「祖母からの代ってことは、お前の母親から継いだのか」
ふとされたその質問に、微かにナマエの肩が揺れた。
「嫌なら答えなくていい」
「いえ......嫌とかじゃないけど、」
「...けど?」
「私の母は、海賊だったんです」
その答えに、スモーカーは少し驚いたようにナマエを見た。
「母は三年前、海軍に捕まり処刑されました」
「......そうだったのか、不躾なことを聞いた」
スモーカーは少し気まずそうに、難しい表情で手元のグラスに視線を落とした。
「いいの。海軍のことは恨んでないわ。だって処刑されて当然と言えるでしょう」
その台詞に、スモーカーは答えることが出来ず、気を逸らすように葉巻をカットした。
「でもね、私母の意思を継ぎたいの」
「!」
海に出るのが夢なんです。
そう笑う彼女に、スモーカーはマッチを擦る手を止めた。
「軍曹、顔が怖いですよ」
「....海賊になりてェってことか?」
「そうだったら、私を捕まえる?」
真剣で、どこか悲しい瞳でスモーカーを見るナマエ。
そんな彼女にスモーカーは小さく溜息をついた。
「海に出て何がしたい?何を求める?」
「なにもかも。全てを見たいの。
母が愛した海の全てを。
それに、探したい人もいる」
「人....?」
「父よ」
憂いを帯びた瞳で遠くを見ながら、先ほどからずっと磨いている同じグラスを磨く。
「会ったことないの。一度もね。
父も海賊らしいんだけど、なにひとつわからなくて、母さんが言うにはとっても優しい正義の海賊だと」
「...」
「私、もう生きている身内って父しかいないから」
だから海に出て探したいの。
母が愛した海と、尊敬した父を。
ことん、とグラスを置き、スモーカーを見れば葉巻を吸い終わり、灰皿に押し付けていた。
「父の名はわかるか?」
「いえ、わからない」
「母親の名は?」
その質問に、ナマエは少し躊躇したが、今迄絶対に誰にも打ち明けなかったその名前を、口にした。
「オフィーリア」
海軍なら勿論知っているであろうその名前に、スモーカーはまた驚いたように手を止めた。
その後彼は少し酒を飲み、店を出た。帰り際、入口まで見送りに行くと、またそこで葉巻に火を付け立ち止まった。
「気をつけてくださいね」
「ああ。遅くまで邪魔して悪かった」
「とんでもない。是非また」
だが行こうとはせずじっとナマエの顔を見るスモーカーに、ナマエは戸惑う。
「どうかしました?」
「....海賊にはなるな」
「え、」
スモーカーはなにかを口にしようとしたが、それを引っ込めるように葉巻を吸い込んだ。
「お前みてェなか弱い女はすぐに死んじまうだろ」
「...失礼じゃない?」
「冗談だ。.....じゃあな」
頭にぽん、とその大きな手を乗せ、わしわしと撫でると踵を返した。
時折白煙を吐き出しながら、徐々に小さくなって行く背中。
撫でられた頭に手を伸ばす。
ふわりと香った葉巻の香りに、思わずナマエは小さく笑った。
夜の空に溶けて消える
あなたのぬくもりで、心臓が痛い
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mae tugi
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