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何度想いを殺しても




「ハァイ、シャンクス。
お久しぶりね」


「!ナマエ...驚いたな」



停泊した小さな島。
もう夜も更け煌々と光っているのは飲み屋のライトくらいだ。
二日酔いの頭を押さえながらも酒場に足を運ぶ。
夕方から飲み始めて、既にへべれけになっているだろう仲間達の中に、彼女はいた。



「相変わらず二日酔い?
お酒も大概にしておいたほうがいいわよ」

「あァ....それより、偶然か?
今おまえも此処に?」

「ええ、本当に偶然。
さっき買い物していたらベンが声を掛けてくれたの」

「そうか...、そりゃ凄いな。
折角だ、飲もう!」



気を利かせてベンは席を立ち、
カウンターに二人で並んで座る。
ちらりと横目で盗み見れば、
相変わらずの美貌で周りが霞む。
昔からちっとも劣るどころか会うたびに美しくなっている。
彼女だけ違う時を生きているみたいだ。
長いまつ毛、気の強そうな尖った鼻先、酒で濡れた唇
さらりと長い髪を耳にかける仕草は まるで、


「ねえ、聞いてる?」

「!お、悪ィ悪ィ。どうした?」

「まだ酔ってるの?
仕方ない人。
....この島にはいつまで?」

「ああ...明々後日の夕方には立つ予定だ。
おまえは?」

「私は明後日。
結構いい街よね、ここ。また来たいわ」

「....ナマエ、おまえ今もまだ、」

「ええ。そうよ」

「そうか....上手くいってるんだな」

「悪くはないわ。
彼、実はとっても優しいのよ」

「あの若造が、ねェ...」

「そう言うあなたはどうなの?」

「おれか?おれは相変わらずさ。
海賊の親父なんか相手にしてくれるのは飲み屋のねえちゃん位だよ」

「もう...そんなこと言って。
こんなハンサム放っておかれるわけないでしょう」

「ハハ...冗談はさておき、
元気そうで安心したぜ」

「あなたも、変わらないわね。
よかったわ」



カラン、ナマエのグラスから氷が溶けた音が鳴る。
それをそっと混ぜる細い指。
きっと彼女は知らないだろう。
おれが何度もその指で触れられたいと願った事を。
綺麗に弧を描くその唇を奪ってしまいたいと思ったことを。

その宝石のような瞳を独占して、
その声で愛しくおれの名を呼んでほしい。
全てをおれのものにしたいと願ってやまないことを、
出会った時からおまえしか愛せないことを、
きっと 彼女は知らない。


本当に後悔している。
あの日あのまま別れてしまったことを。
引き止められなかったことを。
危険な目に合わせたくなかったとは言え、
おまえの気持ちを尊重したとは言え、
こうやって離れて、他の男に取られてしまうくらいなら
あの日無理矢理にでも船に乗せて攫っちまえばよかったんだ。





「あなたとあの島で出会ってもう何年経つかしら。
10年か、15年か」

「どっちでもいいさ。
兎に角、今、この島で会えて良かった」

「そうね....
それにあなたは私の特別な存在だから、
遠くにいても頭の隅にはいつもあなたがいたわ」

「頭の隅、なんて悲しいこと言うんじゃねえよ」

「ふふ。あなたも私を思い出すことがあった?」

「馬鹿言え、おまえのことしか考えてなかったぞ。
この5年間」

「あはっ !
それはありがとう。嬉しいわ」


本当だよ、ナマエ。
10年前あの島で初めておまえに出会い。
一目惚れした。運命の女だと思った。
病弱な妹を置いてどうしても海へ出たがらないおまえは、妹の病気が治れば付いて来てくれると言った。
そしてしばしば島に寄るを繰り返すうちに年月が経ち、
回復して来た妹を見て ナマエは遂にうちの船に乗った。

だが一年も経たずに妹がまた体調を崩しナマエは一目散に島に帰っていった。
たった一年の 夢のような時間。
キスはおろか、手を繋ぐことすら出来ずにいた。
いい年したおっさんが思春期のガキみたいで笑えるだろう?


「それくらい、本気だったんだぜ」

「...え?なぁに?」

「いや、...ベルナは元気か?」

「ええ。あの日以来すっかり良くなってね、今は医者の勉強してるのよ」

「へェ...!そりゃすげェ」

「病める人を一人でも救いたいのよ。
あの子が彼にそうされたように。」

「....そういやぁ、また新聞に出ていたな。
懸賞金が上がったって」



数日前、新聞に挟まっていた手配書に
男の顔があったような気がする。
確かにいい男だ、若いし、無限の可能性に満ちている。
ナマエのことも、きっと幸せにできるのだろう。


「あら、もうこんな時間...
そろそろ戻らないと」

「まだいいだろ。付き合ってくれよ」

「そうしたいところだけどね...」

「....近くまで送る」

「いいわよ、大丈夫」

「じゃあせめて外まで」




まだまだ騒がしい酒場を出る。
冬島特有のひんやりとした冷たい澄んだ空気が火照った身体に心地いい。



「楽しかったわ、ありがとう。
久しぶりに会えて本当に良かった」

「ああ。
ナマエもベルナも、元気そうで安心したぜ」

「また近々会えるわよね、きっと」

「そうだな....そう願う」

「じゃあまたね、シャンクス。
航海の無事を祈ってるわ」


頬に触れた柔らかい唇。
その感触に 思わずその腕を掴み引き寄せた。


「シャンクス...?」

「お前は今、幸せなのか?
アイツといて、あの船で、幸せに過ごせてるのか?」

「.....幸せよ、とても」

「.....そうか。
なら よかった」


ああ
ほんとうに腰抜け野郎だ。おれは。
おれを崇める奴らがこんな姿見たら
きっと失望するだろう。
四皇はこんなにも情けねえのかと。


そっと抱きしめていた腕を緩めれば、
そのぬくもりはそっと離れていく。
だって あんなに幸せそうに微笑まれたら
それをぶち壊すことなんてできねェだろう。

あの時もっと早くもう一度島に寄っていれば。
トラファルガー・ローの船よりも早く、あの島に着いて
あの家のドアを開けて妹ごと攫って来ちまってれば。

おまえはこの腕をすり抜けて行かなかったのか 。





「さようなら、シャンクス」





そう言って
彼女は白い景色の中へと消えていく。

白い吐息、冷たい空気を吸い込んだせいか
鼻の奥がつん と痛んだ。






何度想いを殺しても
ただ君だけを愛してた




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