02
ぴんぽーん。
「あ、きたっ」
はいはい待ってねとおばさんのような仕草でリュウジがてってこ駆けていった。この家で一番腰が軽いのは彼だ、本当にあの子は若い。ちなみに奴らの家事フットワークの軽さは意外と緑>南>基>涼である。来客でテンションが上がるだなんて子供だなあと思うわたしも、内心では結構わくわくしてたりする。なんてったって彼が来るんだもんなあ。
おじゃましまーすと声がして、リュウジがご機嫌で戻ってきて台所にまた走った。あとをついて廊下から顔を出したのはめずらしく私服の円堂くん、そして風丸くん。ソファにすわるわたしとヒロトを見つけて円堂くんがぶんぶん手をふる。超近距離なのに。
「いらっしゃい円堂くん、かぜ」
「風丸くんらっしゃい!!」
ヒロトの言葉をさえぎって髪が長い方にとびつくと(テンション上がって八百屋になったけど)、ちょうど部屋から出てきた晴矢にべりっと剥がされた。
どうやらわたしと風丸くんの愛の粘着テープは100均レベルらしい。代わりに後ろからのそのそやってきた風介がわたしにべったり張りつこうとしてまたチューリップに仲裁される。
「昼っぱらから何してんだよ…」
「マジで逃避行する5秒前、略してm」「はいはいわかった」
なにを隠そうわたしは風丸くんの大ファンだ。DEな闇丸くんにLOVEずっきゅんした。いわゆるあこがれ、恋ではない感情だということは本人もまわりもわかっているので、晴矢に剥がされてやっと椅子に座れた彼はちょっと照れつつも通常運転で笑っている。
「瞳子監督に挨拶してきた!」
「おい円堂、もう監督じゃないって言われたばっかだろ」
みんなで住んでるんだとヒロトに聞いた円堂くんが「遊びいく!」と聞かなくなって、急遽保護者同伴でやってきたらしい。きょろきょろ部屋を見渡すキャプテンの瞳は好奇心でいっぱいだった。
何せ畳なのにソファがでんと置いてあって、でもごはんは卓袱台を囲んでみんなで座るというスペシャルな和洋折衷が出来上がっているのだ。わくわくしちゃっても仕方ない。
「ジュースなかった、買ってくる!」
今日も元気なリュウジが台所から小銭入れ片手に走っていく。そーっとサザエさん式のドアが閉まる音。
いきなり悪いなと風丸くんの謙遜に、一番家主寄りであるはずのヒロトより早くわたしが「遠慮しなさんな」と胸を張って茶菓子を出す。
「いたっきまーすっと。今日は雷門部活ねーの?」
客に出したはずのお菓子をぞんざいな挨拶で頬張る晴矢。ああ、と円堂くんが残念そうにうなずく。FFIがおわってからそんなに時間は経っていない、毎日サッカー食う寝る以外していなかった日々が恋しいんだろう。
「ほんとにヒロトたち5人で住んでるんだな!」
一通り部屋を眺めおわった円堂くんの言葉に、風丸くんは微妙な顔でうんうんと頷いた。男子4人女子1人。キャプテンはそれを指摘してるわけじゃないんだろうけど、疾風ディフェンダーの方は心配そうに揺らした目をわたしに向けた。
「…大丈夫か、みょうじ」
「なにが?」
「その……ふ、不埒なこととか、」
「ないないない」
当事者のわたしより真っ先に否定したのは晴矢だった。と思ったらそれよりも早く後ろで風介がぶんぶん首を振っていた。なんでこういう時だけ反応早いの。ヒロトがくすくす笑いながら俺もないよと繋げている。
自分から言ったくせに照れ顔の風丸くんがかわいい。にやつきながらとりあえず麦茶をついでソファに戻ろうとしたら、茶菓子をはむはむしている風介に陣取られていた。ちくしょう。細い肩をたたく。
「風介どいて、お話するならいいけど」
「…ヒロト」
「え、俺がどく流れだったかな今」
悪怯れなくじとっと緑の目をしばらく覗き込んだ風介は、菓子を噛みつつわたしに視線を移す。そして悩んでいるのかぼーっとしているのかわからない無言時間を経て、ぽんと華奢な手を叩き広げた。
「おいで」
「え、そういう流れだったかな今」
デジャヴがこんにちはした。相変わらずのマイペースと腰のおもさである。宇宙人時代以来では韓国戦くらいしか接点もなく、どっちにしても敵だった円堂くん達はせんべいを頬張る風介を意外そうに見ていた。
たしかに初対面で凍てつく闇の云々言ってたやつが日常に戻ったらこんなだなんて誰も思わないだろう。わたしはむしろガゼルキャラがひどく見慣れなかったものだけど。手のかからない赤ちゃんみたいだとわたしはよく思う、見える範囲に転がしておけば静かにひとりでころころしている様な。
ひっぱる力に負けてすとんと腰を下ろすと、後ろからもたれてきた風介はまさかの睡眠態勢に入った。「仲がいいんだな!」にっこりする円堂くん超dazzling。
「まあいっか…あ、二人とも麦茶でごめんね。リュウジがジュース買ってくるから」
「そんなにお客様扱いするなよ、お互いなんか変な感じするだろ」
ああ風丸くんは今日もやさしい!
ほころんだ頬がなぜか晴矢にぐにいとひっぱられる。DV。
わたしの口から文句がこぼれかけた時、行きはお行儀よく閉じられた玄関が勢いよく開けられた音がした。
「リュウジー? ドアは静かにつかいなさいって、」
「いいの! 緊急事態なの!」
一同で顔を見合わせる。どうしても悪い方向に思考がすすむ、たとえば姉さんになにかあったとかそういうことだったらどうしよう。
長い廊下をまさかのワープドライブで短縮してきたリュウジは、部屋に飛び込んでくるやいなや両腕をばっとこちらに掲げた。抱えられている丸いのはまさか、
「そこの角に捨てられてたんだ…!」
きらきらしたリュウジと円堂くん、そして何気に輝いていた風丸くんの瞳に対して、返してきなさいめっなんて言えるはずがなかった。
くちゅんという風介のくしゃみで我に返るまで、わたしと晴矢、それからヒロトは『緊急事態』に構えて立ちつくしたままぽかんとしていた。
[←] [→]