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よくよく考えればべつになまえは私のものではなかったんだけど、もうそんなことは問題ではないのだ。いざ独占されると無性に落ち着かない。無言のルールを破られた気分だ。鼻水をすする私の前にとんとカレー皿が置かれる。DSからすこしだけ目を離して前を見ると、なまえの手。小さい。女の子の手だった。

私も昔は女の子のようだとよく言われた。なまえにも散々髪だの服だのをいじられてはかわいいと褒めちぎられたものだ。私は泣いたり怒ったりしながらもなまえに可愛がられるその時間が案外嫌いではなくて、私よりは男っぽかった晴矢にさりげなく勝ち誇ったりしていた。勿論けんかになった。

今じゃ背も晴矢より高い。声はいまいち低くなりきらないけど、それはリュウジだって一緒だ。
でも、ヒロトには。フライングで福神漬けを噛みながらDSを閉じる。ヒロトには何ひとつ勝てない。一番悔しかったのはサッカーだった。ひとりでは勿論、晴矢と組もうが3人組になろうがかなわない。何がいけないというのだろう。何が私にはないのだろう。

悔しい。なまえのすこし抜けたやわらかい笑顔は、私が一番近くで見たかった。変態みたいだけど事実だ。そう、悔しかった。
もしかしたら、サッカーより悔しかったかもしれない。


「それでは皆さんご一緒に、」


なまえの懐かしい言葉に顔を上げる。いただきます、昔園で毎日していた過程だった。今更どうしてこんなことを。なまえを見れば、ヒロトからサラダを受け取って笑っているところで。
…あれ。少しだけ首をひねる。あの笑顔ではなかったのだ。私が盗み見てしまった、多分『好きなひと』に向けるのであろうやわらかいやつではなかった。何故だ。もう別れたなどということは、このふたりに限ってはありえないだろう。けんか…でもなさそうである。

ここ何日かで10年以上かけて作り上げられた身の回りが急激に変化しすぎていて、どうやら私は頭が追い付いていけてないようだった。考えすぎたのか昨日から頭が痛くて困る。
引き離すなんてそんなことはできない。いくら悔しくても、憎くても、何だかんだでヒロトは私の中で家族だった。晴矢もリュウジも、なまえも家族なのだ。家族は大事なもの。崩れてはいけない大切な関係。
でも母さんの笑顔は思い出せない。その代わり、「ふうすけ、おはよう」はにかむなまえならいくらでも、何才のでも脳裏に現れる。かわいいやわらかい笑顔だ。大好きな笑顔だ。

……あれ?
なにかが引っ掛かって思わずまた前を見ると、なまえがちょうどこっちを向いていたので思わず目を逸らしてしまった。

人の彼女って、目を合わせて笑ってもいいのだろうか。周りにカップルなんていなかった(気付かなかっただけかもしれないけど)からそんなもの分からなくて、私は最近ひたすらに色々と困っていた。
ずずっ。鼻をすする。なんだかさむいのに頭があつい。どうしてだろう。脳がショートしてしまったのか。
風丸、やっぱり元気出せなかった。





風介が風邪を引いたのは、雨に濡れまくってつゆだくになった3日後だった。なかなか起きてこないのでリュウジがいつもどおり部屋から引きずり出そうとしてようやく気付いたのが午後2時で、その頃には風介の熱は39度を越えていて。インフルをもらうような場所には行っていないはずなのに。

「そういえば昨日の夜からくらくらしてたんだ」ぼうっとつぶやく風介の脇に氷を挟ませた晴矢が呆れた顔をする。そういえばとは何なんだ。昔からこいつは腹痛以外に疎い。
怪我をあまり気にしない理由はなんとなく分かってしまう気もするんだけど、病気くらいは気にしてほしいなあ。


「明日なのにね、誕生日」


多分わたしに向けられたであろうヒロトの言葉にうなだれた。風介の好きなごはんを作って、明日焼く予定のケーキを出して、最後にプレゼント。ふたりきりなんかで渡す勇気はないから食卓で。
そのノリでここ何日かのぎくしゃくもなくせたらなと思っていた。10何年間の風介の誕生日の中で、今年はいちばん特別だったのに。抱いたノーザンがみゃあみゃあ鳴く。ご主人さまの不調を心配しているのだろうか。泣きたいのはこっちだ。


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