18

 

ここ何日かずっと、ノーザンを構い倒している気がする。風介を追おうとする首ねっこを掴んで何かで気をそらし、生え変わりなのかやたら抜ける毛をひたすらコロコロで回収する日々である。なにこれ。

それもこれもどれも、風介の機嫌がチョベリバなせいだ。濡れねずみになって帰ってきて以来、風介はなんだかおかしい。あの日はお風呂に入ってそのまま寝てしまったようで、次の日昼頃に起きてきた彼はやっぱりテンションがひどく低かった。「別に、なにもない」無感情ないつもの声を頭の中で反芻する。うん、いつもの声。なのにじわじわと侵されていくような違和感に居心地が悪くなる。確かに何かが違うんだけど、それが何なのか大事なとこがわからない。


「なまえ、出来たから運べ」


台所から晴矢が呼ぶ。わたしの向かいでDSに没頭する風介はいつも通り静かで、でも気になる。この繰り返し。いい加減疲れてきたのでいったん考えるのをやめた。だまってごはんを運ぼう。

並んだ夕食は至って普通のカレーライスだった。リュウジとヒロトを呼んで、


「それでは皆さんご一緒に」

「いただきまーす」


久々にした子どもみたいな儀式も、するりと通る。お日さま園で毎日やってた頃と変わらなかった。ほら、みんな同じじゃない。ヒロトが盛り分けてくれたサラダを受け取りながら口に放り込んだカレーは、やたら甘ったるくて無償にいらいらする。ノーザンがにゃあにゃあ鳴いてリュウジの膝に乗り上げて、「あ、ごめん、ご飯わすれてた」なんてめずらしい台詞を聞いた。

風介は黙々と食事をしている。そして思い出したように下手なくしゃみ。他の三人はいつも通り、テレビにああだこうだとおばさんのようにけちを付けていた。
……変わんない、よなあ。わたしはひとり首をひねる。風介の機嫌が悪いということ自体は小さい頃からよくあった。大抵晴矢と喧嘩したとかアイスでお腹壊して禁止されたとか。

でも今回ひとつだけ違うのは、わたしに縋ってこないことだ。大人の前で泣けない風介のひとつだけの逃げ道はずっとわたしだったからひどく違和感があるのかもしれない。今思うと好きな人に頼られてたってことだ。…幸せだったんだな、わたし。

でもそんな幸せは同時に、わたしからその先に進む勇気を奪う。いまのままの方が。周りもお互いも気楽で幸せなんじゃないかって、そんなことを思わせるのだった。何せあんまり少女漫画は読んだことがなくて、脱却するための術どころか恋愛の流れすらあやふやなのだ。


「なまえも風介も食べないの?」


ヒロトの言葉に顔を上げると、ばちっと正面の風介と目が合う。ルーの乾いてきた山盛りの皿。いつもなら楽々平らげるそれをつついて、
風介はわたしから目をそらした。


「…え、」


なんで。聞くわけにもいかなくてカレーを口に押し込める。甘ったるい。気分にまったく一致しない。
最近やけにテレビにばかり意識を飛ばす晴矢たちに気付かれないように、ただひたすらカレーを食べた。目の前にいるのは兄弟以上の仲の風介。恋愛意識で大好きに格上げされた一番愛しいはずのひと。

気付いてしまったのがいけないの。家族みたいだと言った皆の幸せそうな顔を崩すことになる。でも兄弟の均衡を上っ面で保つなんて普通に考えて無理だったのだ。すべてが今更すぎて、必死に止める涙のわけもなんだかよくわからない。わからないでは片付かないことばかりなのに。

じいっと見つめてきていたあの目は、わたしが動き始めたとたんうまい具合にわたしを見てくれなくなった。


[] []



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -