13

 

俺は正直げんなりしていた。両隣の男二人のテンションが半端ないのだ。まずリュウジがハイすぎてもうめんどくさくてたまらない。変装だか何だか知らないが、いつも結んでいる髪が下りているのもさらに暑苦しい。俺の左腕をがっちりホールドして、こそこそしているのかしていないのかよくわからないことをしながらじっと前を見ている。

だがそれよりも俺が困っているのは風介の方だった。いつも静かといえば静かなこいつは、ハイになったとしてもやっぱり静かに激しく燃えるタイプであって、怒鳴ったり叫んだりするのは試合中と俺と喧嘩している時くらいしかない。はじめてこいつに喧嘩を売った時は全然感情的になりやがらないもんだから驚いた。
しばらくして生い立ちを聞いて、それに関係しているのかもしれないとふと気付いて以来、俺は風介に遠慮せず喧嘩を吹っかける。そんな自制ガキにはいらない。それを教えてやりたかったから。今思えば初対面のこいつは、なまえにへばりついているだけのおとなしいやつだったのだ。

そして今右隣に立っている風介は、今日も何も言わずにいい子にアイスをくわえているのだが。


「なあ噛むなっつの、刺で舌切るぞ」

「…舌切りすずめみたいだな」

「お前ほんとに大丈夫?」


昔からいい子なのは表面上だけで、歯にいたぶられた木の棒はもうぼろぼろだった。安っぽさを主張するそれを奪い取ってごみ箱に投げると、女顔を険しくさせてぷいと横を向く。

ため息をついた俺の何メートルか先で、風介のイライラの根源は何も知らずに楽しそうに俺たちのより高いアイスを食べていた。俺たちが何をしているのかといえば、いわゆるストーカーである。


「来なければよかったのに…」


知らぬが仏。リュウジが言いながら風介を見れば、「どういう意味だ」とかうそぶく。なんだこいつ。
ヒロトとなまえがデートだって!そう騒いで自分のスリッパに引っ掛かり、目の前でこけたリュウジを見下ろしていた風介の見開かれた青い瞳に、がらにもなくぞっとするなにかを感じた。昔よりひどくなっているこいつの一番強い負の感情。あれは間違いなく、嫉妬と独占欲の入り混じったもので。

不機嫌丸出しでまた静かになった風介は、文字通り見るものを凍てつかせるレベルの眼力でヒロトを睨んでいる。どうしてこいつはこうわかりにくいのだろう、無言の牽制しかできない。だから本人には伝わらず、ヒロトなんかに先を越されてしまう。今も昔もべたべたするくせに好きとかそういう直接的なこと言わないからそうなるんだ。ばーか。俺も人のことは言えないので罵倒は心にしまった。


「デートって…付き合ったのかな」

「…んなわけ、ないだろ」


揺れるリュウジの声に唇を引き結ぶ。俺もこいつも色々とあきらめが入ってはいるものの、「好き」が過去形である訳ではないから複雑なことに変わりはない。兄弟に恋人ができたときより質が悪い。
調子に乗ってなまえへスプーンを向けているヒロトの昨日を思い返してみたが、いつもと変わらないむかつく面だった。なまえもなまえで何食ってんだよあーんじゃねえよ気付けよ。…俺たちはなんかもういいから風介に。

あーくそ、なんでこんなにいらいらするんだ。好きだったのは俺も同じなのに。出掛ける前リュウジに言われた言葉がぐるぐると渦巻く。適温になってきたはずの空気がうざったらしくまとわりついて髪をかき乱した。いつの間にかなまえたちは席を立って歩き始めている。そして肝心の風介がいつのまにかいない、もうなんなんだよ今日は。

会話は聞こえなかったからどこに向かうのかわからない。見失わないように距離を開けつつエスカレーターを上がるふたりを追って、俺とリュウジも上を目指す。


知ってると思うけど、俺もさ
なまえのこと好きだよ。
でもやっぱり風介には、


そんなの最初から分かってんだよ、俺。はじめて会った日から。
俺だってあいつのこと好きになった。負けないくらい好きだった、すごく大事だったんだ。母さんなくしてさ。でも。
改めてリュウジなんかに言われなくたって、それを一番近くで理解してたのも、奴らより風介の一番そばにいた俺で。

ヒロトにも俺にもリュウジにも、代わりがいるって訳じゃない。今更心変わりなんてできない。それぞれ特別な事情抱えて園にきて、あったかい奴を求めて徐々になまえを好きになっていった、それは皆変わらねえけど。

俺たちが好きになっていく過程の中で、あいつの隣にはいつも風介がいた。ヒロト達がそうなのかは知らねえけど俺が一番好きななまえはたぶん、風介といる時のなまえだ。一番きらきらしてて、かわいくて。俺は風介込みのなまえが好きなんだ。


「…きもちわりい」


風介なんか嫌いだ。
幸せにならなきゃ許さない。


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