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「あれ、どこ行くのヒロト」


足音と質問に振り返る。さっきまで履いていたはずのスリッパはどこへやったんだろう。晴矢と俺はちゃんと履く派なんだけど、リュウジや風介はなにかの拍子に脱いだままどこかへ置いてきてしまうのが日常なので今更聞いたりはしない。抱かれたノーザンが高く鳴く。あ、トイレ砂買わなきゃいけないんだっけ。今日ついでに買ってくるのはちょっと無理かなあ。リュウジの丸くなった黒をみつめて、笑みをつくる。噛むなよ俺。


「なまえちゃんとでーと、えへ」


いってきまーす。吹雪くんの真似なんかしてみたけど、成功したみたいだ。案の定びしりと固まったリュウジは、俺が曲がり角まで歩いても出てこなかった。

二人っきりで外出。しかもジャージじゃなくて私服で。行くのはスポーツ販店でも薬局でもないショッピングモール。そして相手は大好きな人。
なのに心はひどく揺らいでいて我ながら笑ってしまう。通りがかった車の窓ガラスには、やっぱりひどい顔をした俺がいた。なまえと合流するまでには治るかな。治せるかな。無理もないと誰かに言ってほしくて絶対誰もいない空を仰ぐと、きれいな青が視界を埋めた。青。あいつの色。らしくもない感情がうずうずと積み重なって倒せない。

分かってしまっている。
俺は失恋しているのだと。
今日で最後にしよう。正直父さんもジェネシスもなまえもゆずる気はなかったんだけど、でも。

それでも彼女と二人で出かけるなんてことに幸せを隠せない俺は、恋心を諦めきれていないことも隠せていないのだ。





「おまたせ。好きなもの見れた?」

「うん。てかまったく待ってないよ」


待ち合わせ時間より5分早くやって来たヒロトはにこにこ笑って手を振った。自分用にもなにか見たいからと家を出る時間をずらしたけど、今思うとこの選択は正しかったような気がする。晴矢ぜったいうるさいし。

休日のショッピングモールは人であふれているようなそこまででもないような、とりあえず適度な感じだった。ゆるゆる服売場の通路を歩いてみる。まだまだマフラー等の風介っぽいものは売っていないから、この辺りでは特にぴんとくるものはない。


「見当ついたの?」


自然な流れでわたしの買い物袋を奪い去った紳士ヒロトが聞く。前にもこんなことがあった、カレールーを投げたら当てちゃったんだったっけ。風介の抱きつき攻撃にテンパって、それで。
あれは普通にどきどきしてただけだなあと、今ならわかる。気付かなかったとも見ないふりをしていたとも言える感情。


「とくには…いまいち浮かばなくて。今までアイスしかあげたことなかったし」

「今年もじゃだめなの?」

「だって毎年おなかこわすもん…」


紙袋を持ちなおして、ヒロトは笑う。今まで学習してこなかった風介のことだ、今年も自重せずに食べて晴矢がラッパのマークをぶん投げてやることになるだろう。しかも奴はひどく薬が嫌いだから、味付きオブラートゼリーで包んでやらないと飲まない。詳しくはおくすりのめたねでググってください。


「…なんかアイス食べたくなっちゃったな」


形のいい眉をハの字にしたヒロトが言うので、わたしたちはとりあえずフードコートに寄った。なんだか本格的にデートみたい、さすがに男子とふたりでこんな経験はなかった。お互い違うコーンアイスをぱくつきながらどこに行こうかと相談会を始める。

アイスかあ。ひとつ減ったくらいで結果は変わらないだろうけど、奴が「すきなひと」に格上げされたせいで変ないたわりが出てしまう。そして乙女(慣れない)のむだな期待。

使ってもらえるものをあげたい。
ヒロトにそんな大体のイメージを伝えると、食べおわった彼は「じゃあ雑貨屋さんでも行こうか」とエスカレーターの方向へ導いてくれた。さりげないのにとことん優しくてイケメン、それがこいつのすばらしいところ。ノーザンも最近流星モブから格上げしてくれたみたいで、膝に乗る頻度も増えた。

昔は大人しかっただけの内気少年がよくもまあこんな奴になったもんだと、時折晴矢はヒロトの整った顔やら上品な空気やらをぶーぶー言う。晴矢も十分なイケフェイスのはずなのに。まあもちろん風介もですが。リュウジも十分。さて、元泣き虫はなにがほしいんだろう。


「文房具…はなにかが決定的に違う」

「風介自宅学習なんてするの?」

「笑えない冗談だわあ…」


それでわたしより頭いいなんて神様は色々と間違っている。いや照美さんじゃなくてだな。
ぽんとブロンドの髪が頭に浮かんで、エスカレーター上昇中のわたしの脳内はあの日のことでいっぱいになった。それが恋だよと、照美さんはそんな風に具体的には言ってくれなかったから、本当に今のわたしの感情が恋かという保障はどこにもない。

でも、優しくされると胸がぎゅっとなる、周りと違って見える、触れ合うとはずかしくなる。前に杏たちに聞いた「恋している感情」、まさしくそれに当てはまる気がする。
玲奈とふたりで首を傾げていた当時のわたしはまだ風介をガゼルと呼んでいて。そんな感情を彼に抱いているなんて気付けないほど、わたしと彼は離れてしまっていたから。人間に戻って一つ屋根の下、ようやく気付けたことに無理もないと思う。…いや、ちょっと遅かったか?


「…なまえってば」


きゅうと手を握られる感覚に顔をあげればわたしの荷物を持ち直したヒロトが空いた手でかわいらしい雑貨屋さんを指差していた。


「大丈夫?喉かわいた?」

「あ、ううん」

「そっか。あそこでいいかな」


近づいてみると、女の子ものだけじゃなくてユニセックスな商品もちらほら並べられている。特設面白グッズコーナーの旗を視界に入れて、ヒロトは「うろうろ探すならうってつけじゃない?」とわたしの手を引いた。

ほら。わたし、ヒロトにはさわれる。


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