11

 

翌日。わたしにだけ大波乱を巻き起こしていった照美さんは、やたらとすっきりした笑顔で帰っていった。半分寝ながらふらふら手を振る風介は当たり前だけど通常運転だ。「ねる、もっかい」「だめ。もう11時、今から寝たら2時越える」ぼさぼさ髪のリュウジに背中を押されて洗面所へ消えていく。


「なまえー、ちょっとごはんの準備手伝って」


風介寝そうだから食わせて目覚まそう、スエット姿のヒロトが卵を割りながらそう叫ぶので、ちゃぶ台に鎮座していたアイスのゴミを手に台所へ行った。ノーザンの皿も回収してきて洗いながらそこら辺の毛を拾う。耐性がついてきたとはいえアレルギー坊ちゃんは健在なのだ。

好きだ。それには気付いた。でもだからといってやってることは変わらないし、意外と普通に接することができる。今までの感情に名前がついただけ、みたいな。乙女って意外と気丈だなあ。あくびとくしゃみでぐしゃぐしゃになった顔を思い出してちょっと笑った。

かしゃかしゃボールを鳴らすヒロトの隣で手を洗い、人数分のパンを焼くわたし。あ、晴矢は茂人やらと遊びに行くとかで食べないんだった。あわててトースターから1枚抜き取ったところで、そういえば、とヒロトが言う。


「晴矢がね、風介のプレゼント買わなきゃって言ってたよ。俺も今年は久々にあげようと思うんだ」

「…え、あ、もうすぐだっけ!」

「来月だよ」


プレゼント。誕生日のだ、わすれてた。氷技で暑がりなのに冬生まれではなく、しかも夏なのか秋なのか微妙な日というのが逆に覚えやすくて、風介の誕生日は例年特に祝われる。覚えている奴が多いからだけではない。両手いっぱいにアイスを抱えてほくほくしていた小さな風介を思い出す。考えることはみんな同じだった、ってやつ。


「もうアイスってわけにもいかない気がしてさ」

「高いアイス与えとけば満足しそうなもんだけどねえ」

「そうかなー…じゃあアイスでいいか」


ガスコンロが点火して、フライパンに油が乗った。うすくのばされていくのを眺めながらぼんやり考える。風介の好きそうなもの。
好きなひとの、誕生日。

…それ相当大イベントなんじゃ。


「晴矢は多分箱アイスで、リュウジは何かあげたいのがあるんだって。なまえはどうする?」

「んー…モールで探そうかなあ」


リュウジの時一軒だけで決めちゃって失敗したし、いろんなものを見ればなにかピンとくるものがあるだろう。そう言って塩胡椒を手渡せば、ヒロトはしばらく考え込んでからわたしの方に向き直った。ベーコン焦げますよ。


「じゃあ、週末あたり買いにいこうよ。俺と一緒でよければなんだけど」

「おー、いいよ」

「ほんと? よかった」


ほうっと息をついたヒロトがこっちを見てはにかむので笑い返す。男女でショッピングモール。こういうのってやっぱり恋愛要素が絡んでよくないのかなとは思うけど、お日さま園の時とかイナズマジャパンの時に男子とふたりで買い出しなんてしょっちゅうだったから慣れてしまった。

なのにヒロトの笑顔がやたらと気を使っているので、こっちまで変な感じになってしまう。なんていうか、あれだ、照れくさい。
ふたりしてへらへら笑っていたら、やっぱり手元のベーコンがしなび始めてしまっていて。ヒロトがあわてて妙に切ないその肉を救出したものの、もうおいしそうには見えなかった。





「ってきまー」

「いってらー!」


自転車で駆けていった晴矢を見送って居間に戻ると、早くも目玉焼きを平らげた風介がうつらうつらと舟を漕いでいた。デジャヴというかすでにもう日常と化している。とりあえず起こそう。


「ほらパン冷め、…るよ」

「…う?」


引っ込めた手をまじまじと見つめるわたしを、うすく開けた目で風介は怪訝そうに捉えた。「…どうしたんだ」眠くてのろのろ喋っているから緊迫感がない。なんでもないよと返して自分の席に着けば、何を考えているのかわからない碧でわたしを見つめながら食事を再開する風介。

肩を叩こうとした。でも、触れられなかった。触れようとした手から爪先までじわわと熱が響いたような感覚がして、変にためらってしまったのだ。誰だ乙女が気丈とか言ったの、


「ぐっらぐらじゃねえか…」

「え、なに?」

「わああグランさま!」


わたしが呻く隣に座ったヒロトの瞳がきょとんと瞠目した。…やらかした。せっかくエイリアから抜け出せた一番の被害者になんということを。


「あ、ちがうのえっと、語呂がよくてつい口に、ごめん」


必死に全身で弁解するわたしを、無関係のガゼルが微妙な顔で見ている。なんだか恥ずかしくなってきて縮こまると、ぽかんとしていたヒロトが吹き出した。


「そんなにあわあわしなくても。大丈夫だよ、リュウジもたまに言う」

「なん…だと…」


あの子今だに抜けてないんだ。朝シャンしてきたリュウジが「グランさまタオルー!」とか叫ぶのを思い浮べてわたしも吹き出す。けらけら、長々二人で笑っているところに風介がぼそっと「流星は誰にも止められない…」とか言うものだから更にツボに入った。

平和でいたい。いつまでも。
ずっと一緒にはいられないのだと、気付き始めている。


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