09

 

「ごちそうさまでしたー」


ほわほわした満面の笑顔で手を合わせた照美さんは、満足したように大きく息をついた。「口に合ったかしら」問いに大きく頷くのを見て姉さんも表情をやわらかくする。
お客さんがいるなら、と今日の夕食は母屋で姉さんも一緒ということになった。今日の料理当番はヒロトだったから、姉弟で作った料理はなかなか豪華で。照美さんに翻弄されるカオスふたりを見るのも新鮮で面白かった。


「姉さんのごはん久々だった!」


食器を重ねながら言う。そうね、微笑む姉さんはあいかわらず綺麗だ。照美さんと姉さんが並ぶとただの美人姉妹にしか見えない。本来なら妹に見えるのはわたしのはずなんだけどなあ。

いつも通りきれいに空になって放置された風介の皿を引き寄せる。あの話がおわったあとも、風介はいつも通りのマイペース電波だった。
お日さま園は事情で孤独になった子供が集められる孤児園。暮らす親自体がいなくなっただとか、親が一緒に暮らすことを放棄したとか。

親が親でなくなった子だって、よく考えたらいるに決まっている。十数年間知らなかっただけで風介は今までと同じ風介なわけで。
それでもやっぱり格段に特殊すぎる事情は衝撃的だった。根掘り穴掘り聞かずに言ってくれるのを待つ、それがお日さま園の空気を作ることをわたしもよく分かっているからなにもしないけれど。

わたしたちは慣れすぎているのかもしれない。隠すことに。隠されることに。わざと気付かないようにしたせいで、そんなことを気にもしなくなってしまって。もう、隠されていることに気付こうとはしないのだ。


「……なまえ、聞いてる?」


怪訝そうな声にあわてて顔を上げると、ヒロトがわたしの方に手を差し出して首を傾げていた。「お皿。姉さんが洗うから、先におふろ入りなってば」我に返って手元を見る。ふたり分の皿を抱えて思い耽ってしまったようだ。なにこれはずかしい。

ぱぱっと自分が食べていたところを拭いて、離れに続く廊下に走る。途中で会った風介は母屋に連れてきていたノーザンのゲージを雑に持ち運んでいる最中で、抱きついてはこなかった。くちゅん。背後で小さく響く相変わらず下手なくしゃみは、なぜかすごく安心する。






「わ、ふわふわ!」

「まだ子猫だからな」


そっと風介の膝にいるノーザンをきれいな手で包み込み、アフロディは楽しそうに声を上げた。そういえばアレルギーとか聞いてなかったなあ。ぼんやりと思っていたら頬ずりされた猫がいやだったのか飛び降りて、ソファの下にもぐってしまった。

食後のコーヒーを入れていたヒロトが戻ってきたのを合図にするかのように、アフロディさんが言う。


「ところで、だれがなまえの彼氏なの?」


「ぶふうっ」「晴矢きたない…」盛大に入れたてブレンドを吹き出した晴矢のカップ付近を拭いてやる。何だかんだで俺もちょっとだけ、いやほんとにちょっと吹いたのを拭いながら爆弾発言の犯人を見ると、きょとんと赤い目を丸くしていた。
なまえがお風呂に入っているすきの質問だ。チャンスウとばかりのタイミングである。…たまには駄洒落も言ってみたい。


「だってみんななまえのこと好きそうだから、あれーと思って」


ばっ。丸いちゃぶ台を囲んだ4人全員が一斉に顔を見合わせた。俺たちは今更すぎてもう改めてそんなこと気にしなくなっていたけど、全員が少なからずなまえに好意を持っているのは火を見るよりも明らかで。先程事故を起こした晴矢なんて特に顕著だ。笑えてしまうほど思春期独特の淡い恋っぽい。

歪曲したアピールで分かりにくいけど、ヒロトも昔からなまえのことを好きなのは知っていた。玲奈の方が一緒にいたのに見ていたのはいつもなまえだったような気がする。風介は……わかんないけど好きなんじゃないかなあ。日々のちいさな事柄を見るたびによく思う。だって風介が甘えるのってなまえと晴矢だけだもん。好きってことで、うん。


「誰も抜け駆けしてないはず…だけど」


つぶやいた俺に、アフロディさんのあからさまに残念そうな顔が向けられる。そんな顔されましても。とりあえずへらっと笑っておいた。

みんな好きそう、彼はそう言った。…俺もあの子のこと好きなのばればれなんだ。はずかしくてまとめた髪をぐしぐしかき回すと、ヒロトに「風介みたい」と笑われた。そっちを振り返る。


「……ヒロト?」


ヒロトは俺から視線を外して、俺の肩越しに風介を見るところだった。いつもどおり食後の眠気に負け始めているであろう彼に微笑むヒロトの表情はとてもやさしくて、ひどく繊細で。
なんだろう、俺まで胸がずきずきした。


「ただいマンゴー」


逆上せたのか、ふらふらした足取りでなまえが帰ってくる。「おかえリンゴ」晴矢とヒロトがハモりを披露して同時に笑った。駆けてくるノーザンを抱き上げたとき、ヒロトはもういつもみたいににこにこしていた。

俺はなまえのことがすきだ。また一緒に暮らし始めてからは特に。でもヒロトも晴矢も風介もずっとみんななまえのことを好いてきて、彼女もみんなのことが好きで。なんとなくわかるのは、俺は彼らには勝てないということ。
それをずっと続けられないことも分かっている。アフロディが言うように、なまえもそろそろ彼氏とかそういうのに憧れる年だ。だって俺も憧れるし。
三つ子の魂百まで、なんてなかなかない。いっそのこと五つ子にでもなってしまいたい。


「……猫って五つ子とか余裕なんでしょ」


抱えたノーザンに顔を埋めると、呑気に高くにゃあと鳴いた。
好きだ。でもヒロトのあの顔を見て、俺は何となくいろいろと考えてしまって。なに話してたの、問題の彼女が聞いて。晴矢が髪とおなじ色に顔を染めて弁解している隣で、風介はついに夢の世界へ旅立って。

それを笑うなまえのまとう雰囲気がまぶしいと思って初めて、俺もヒロトみたいな顔をしてるんだって気付いた。


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