08

 

お昼をすこし越えたあたりにのそのそ起きていくと、居間に見知った顔がいた。


「やあ!久しぶりだね、なまえ」


いつもわたしが座っているソファで優雅に笑っている。モデルに劣らないその様はひどくきれいで、あんまり喋ったことがないのにいきなり呼び捨てされたことなんて何の気にもならない。風丸くんといい風介といいわたし面食いなんだろうか。

あれ、なんでいま風介が出てきた?


「て、照美さん、なんで」

「日本に来たから遊びに来たんだ」


おじゃましてます。にっこり、まさしくその音が似合う笑顔にわたしの背筋もなぜかぴんと伸びた。何と呼べばいいのかよくわからん人だけど照美さんでいいらしい。
この家にみんな仲良し名前呼びという決まりがあるからといっても、客人にまで強いたりする気はないんだけれど。だって一郎太くんなんて呼べない。恥ずかしすぎて爆発する。誰にも負けない自信があります。

大方元チームメイトの晴矢と風介に会いにきたのだろう。そこまで頭を働かせて、ようやく自分がまだパジャマ姿なことに気付く。こんな美人さんの前でなんて格好だわたし。


「く、くつろいでって下さいね」


急いで階段を駆け上がって適当に外着のワンピースに腕を入れる。せめて顔洗ったあとでよかった。
わたしはエイリアンを演じた後はイナズマジャパンのマネージャーとサポーターの中間みたいなのだったから、韓国戦の時に晴矢と風介にちょろっと紹介してもらったくらいしか彼とは面識がない。あんな美人さんとどう話せばいいんだろう。

緊張しながら居間に戻ると、照美さんはソファを占領してぐでんとまさかの横になっていた。くつろいでってとは言った、けど、なんて大胆なくつろぎ方だ。わたしが抱いているイメージと本当の照美さんはちょっと違うのかもしれない。だらけた笑顔で慣れたように「なまえおかえりー」なんて言う。


「た、ただいま…」

「ふふ、私服もかわいいね」


前言撤回。イメージ通りの人である。


「照美、なまえ口説くなっつったろ」

「やだなあ南雲…ちがった晴矢か、口説いてなんてないじゃないか」


あ、名前呼び。順応だな。
そういえば姿の見えなかった晴矢が台所からジュースを盆に乗せてやってきた。わたしの分もしっかりみっつ、昔から意外と気のきく奴。


「ヒロトは?」

「リュウジと買い物いった」

「おデートか」

「やめろよリアルだから…」


イケメンをひっぱって楽しそうに歩くポニーテールの童顔。…なんて似合う絵面だ。二人して微妙な顔をするわたしたちを見ていた照美さんが楽しそうにくすくす笑う。


「仲がいいんだね、君たち」

「そりゃ幼なじみだからな。何年だっけ」

「……10年目くらい?」

「いいなー幼なじみ。ねぼすけ風介はどのくらいなんだい?」


なんとまあ不名誉なあだ名。
照美さんはふたりに施設暮らしなのを聞いていたらしくて結構興味津々みたいだけど、詳しいことは知らないらしい。ジュースに手をのばしながら風介との初対面を思い出す。彼がおひさまに来た日。…あれ?


「わかんない…」

「薄情者」


ばかにしたような晴矢の憎たらしい顔をぐにぐに変形させてやりながら頭を働かせる。ヒロトもあんまり覚えてない、なぜか初対面で大泣きされたからリュウジはしっかり覚えてる。

風介はそんなリュウジよりも泣き虫で、なのに大人の前ではなかなか泣かない不思議な子だった。ごはんでもおふろでもトイレですらもずっとわたしのそばにいて、毎日わたしにしがみついてびゃあびゃあ泣いて。
喧嘩友達ができたらあんまり頼ってくれなくなって寂しかったのを覚えている。晴矢に風介をとられたようなものだ。晴矢むかつく。「いひゃ、ちょ、力つよすぎ」「あ、ごめん」思い出のせいで指に力がこもり過ぎた。めずらしくわたしから久々のDV。

頬をさする晴矢を無視して、記憶をさかのぼる。思えば風介は気付いたら一緒にいるから詮索したこともない。


「リュウジの時はもういたな…えっと、」

「3歳くらいだよ」


ぼそぼそおとなしいのによく通る声。3人同時に襖の方を振り向く。洗顔後なのだろう、伸びてしまったタンクトップでぬれた頬をこすりながら、風介が立っていた。

3歳、そりゃ覚えてるわけがない。おっはー風介、と納得したわたしの隣で照美さんが手を振る。円堂さんみたい。
なんでいるんだよみたいな目でしばらく彼を眺めていた風介は、観念したような表情でちいさく手を振ってからこっちにきた。


「なまえは生まれてすぐきたんだよね」


照美さんが金髪をさらさらゆらしてわたしを覗き込む。
無駄に整ったその顔が近づくとどうしても、こう、照れるというか何というか。よく考えれば毎日イケメンたちと飯食ったり昼寝したりしてるわけなんだけど、この家にはいない種類の美人さんだからかどうしても見惚れる。佐久間くんとか風丸くんと同じ感じの。ああ風丸くんに会いたくなってき「照美じゃま」風違いだこのやろう。

わたしと照美さんの間に割って入る風介を叩くも、反省もなにもない様子でべったり張り付いてきた。仲良しだねと風介を撫でた照美さんの手が振り払われている。男に撫でられるのは嫌いなんだろうか。よく見ろ風介、わたしより遥かにかわいいぞ。


「わたしは1歳になる前からです。晴矢は5歳くらいか」

「おう、俺は母さんが事故で。リュウジも両方事故でだよな」

「おう」


淡々と何の気にもなしに話すわたしたちに、照美さんは一瞬複雑そうな顔をした。でもそれもすぐに朗らかな微笑みに戻る。大人だな、抱いた印象はそれだった。

風介が照美さんの服にノーザンの毛を発見しながらもスルーしているのをわたしが取ってやりつつ「ヒロトは?」と聞く。以下知らんの嵐。なにこれカワイソス。
さっきも思ったことだが、ちいさい頃から一緒にいるのが当たり前だった風介のことはなにもしらない。しりたい。なぜかは分からない。


「風介の親は」


空気的にも関係的にも失礼はない、そう踏んで軽い気持ちで聞いた。一抹にわたしが親に対して憧れていたのもある。本当に、


「どんな人だって聞いてた?」


好意のせいによる軽い好奇心だった。
風介はすこし考えてから、なにも気にしていないようにいつも通り口を動かした。それが彼にとって当たり前だから。逆に今まで触れていなかった方が不思議だったんだから。



「虐待男と殺人女?」


ぼそぼそ、おとなしいのによく通る声。ばっと振り返っても風介は不思議そうに、きっとひどく気の使えていない顔をしているであろうわたしを見つめる。それが当たり前みたいな目をして。某電波と青春みたいな軽いノリ。どうして疑問系なのよ。

その目が、大人の前で泣かなかったちいさな風介のうるんだ瞳とひどく重なった。


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