07

 
みーんみんみんみん


「……みーん…」


あまりの自己主張に思わず同調してしまってからごろんと寝返りを打つと、付けっ放しで寝た扇風機の風がほのかに届いた。ぶち当てたまま寝ると死ぬぞ、と晴矢に布団より大分遠くにずらされてしまったそれは、強さ中の風を首振りしながらわたしによこす。晴矢いわく凍てつく闇より冷えるらしい。扇風機インパクト。あんまかっこよくなかった。エレクトリックファンインパクト、これでどうだ。

12時半、時計はもうそんな時間を指している。風介のこと言えないなあ。
彼らの前に出れるくらいには外見を整え、顔を洗うためのヘアバンドと化粧水類を持って階段を降りる。昼はなんだろう、野菜を炒めるいい匂いと一緒にヒロトの上機嫌な鼻歌が聞こえた。


「ぐっもーにん、えぶりわん」

「もうはろーだかんな」


華麗な日本語発音で居間に入ったものの、晴矢の気だるげな返事しかない。隣にいる風介はアイスバーを口にくわえているせいで無言。

ここの居間は和室なのに無理矢理リビングダイニングにしたといった感じで、空間自体は襖と壁で仕切られているのに流しの所だけが窓のようにぽっかり通じている。色々とおかしいその穴からヒロトがひょいと顔を出して、おはこんにちはと笑った。


「あっれ、リュウジは」

「おふろ。泡風呂入れてはしゃいでるみたい」


朝シャンのついでに泡風呂剤を入れてやったところ、予想以上にエンジョイしてしまったらしい。風介の膝上でノーザンが退屈そうにくわあと大口を開けた。猫にしては甘えんぼさんだ。


「いいなー泡風呂」

「入んなよ!」

「さすがに分かってるわ」


これみよがしにそっぽを向くと、晴矢がどうだかーとか何とか呟く。ひどい。「なまえ、俺と入ろっか」後ろでヒロトが殴られる気配がした。
うちの洗面台は脱衣所にあるから、リュウジが泡風呂に飽きるまで洗顔はお預けだ。台所のシンクをちょっとお借りしてとりあえず水でさっぱりさせる。クーラーは効いているけれど如何せん体温があつい。


「おにいちゃん、じゅーすくれー」

「はいはい。風介もか、晴矢は?」

「飯んとき飲む」


挙手という無言の主張を見咎めたヒロトが、リュウジの分もかなと3つグラスを出す。氷の涼しげな音。カルピスが注がれて、はいなまえと2つわたしの手に渡った。


「ほい風介」

「ん」


口を開ける風介のきれいな歯の間に、グラスから手掴みした氷をつっこんでやる。がりがり、ごくん、ん。それの繰り返し。小さい頃からこいつは氷を食べるのが大好きだ。

最後の氷をわたしの指から舐めとる風介のつめたい舌に、肩がびくんと跳ねた。あわてて自分を治める。晴矢は気付かなかったみたいで、机を拭きながらヒロトに氷つくっとけと八つ当りしていた。よかった、そう思ってからなんで自分が安心したのかわからなくなって固まる。

アイスと氷で冷えた舌は、わたしの指の温度とひどく違っていた。だからびっくりしただけだ。多分。今更兄弟同然の風介を意識することはないと確認したばかりのはずなのに、同居を始めてからわたしはちょっとおかしいんじゃなかろうか。だってちょっと前まで赤ちゃんに例えてたんだぜ。


「…なまえ、なにその顔?」


はやくカルピスくれよアピールだろうか、手をのばした風介に叩かれて我に返る。考え事をしながら百面相していたのかもしれない。

ごめんと氷のなくなった方を渡してやると、当たり前のようにアイスの棒と交換された。捨ててこいってかこのやろう。やっぱりこいつを男として意識なんて、うん、違う。


「おら、風介も運べ」

「いやだよ」

「しね」

「いいよ」

「そうか……!?」


怪訝顔で固まった晴矢の横をすりぬけ、風介はグラスを片手にふふんと笑って部屋を出ていった。「風介、ごはんだよ?」「ねむいの」どうやら死んでくるらしい。二度寝か。

放り出されたノーザンを小脇に抱えてソファに座る。ぐっとカルピスを飲み干すと、ヒロトの手によってちゃぶ台に焼そばが並べられておいでと促された。


「風介寝ちゃった」

「あらら。…最近よく笑うね、あいつ」


ちょっと妬けちゃうな

ヒロトも笑った。でもその笑顔は風介の微笑よりにっこりしているはずなのにどこか、何かがちがう。嬉しさと悲しさが混ざり合ったような、そんな複雑な。


「ヒロト、どしたの…」

「焼きそばの匂いだ!」


わたしの質問は風呂場からダッシュしてきた子によって阻まれた。たんっと勢いよく襖が開く。ぼたぼたしずくの垂れる黄緑くせっ毛(泡ついてる)のリュウジは、わたしを目にした途端ぽかんと口を開けて顔を真っ赤に染め上げた。なんせ彼の格好は、いわゆるその、パンツ一丁ってやつだったのだ。


「き…きゃあああああ!」

「なっリュウジごめん、あれ違う逆だ、それわたしが叫ぶべきなんじゃ」

「起きてたのかよばかー!」

「昼に長風呂するあんたが悪いんでしょ!」


またすごい勢いで襖が閉まって、ワープドライブ!と叫ぶ声が遠ざかっていった。穴があったら入りたい、だから穴を作って入ったらしい。新種の恥じらい方である。
台所でなにやらしていた晴矢が、あの穴から何があったんだよとあきれた顔を見せた。隣のヒロトは焼きそば皿片手に爆笑していて、乙男を慰めにいくやつは誰もいない。とりあえず風介、起きて助けて。

しかしリュウジのパンツ一丁、なかなかの色気だった。ちらっとしか見てないけど多分深緑のトランクス。わたしに変態の気があるのは知っている。

なに人の不幸を楽しんでるんだ自分と言い聞かせたところでなぜかふと、これが風介相手だったらという考えが出てきて。さらにわたしはそんなことになったら正気でいられる自信がないような気がしてきた。リュウジと風介じゃなにかが違うのだ。
いや、元々わかっていたのかもしれない。抱きつかれるとやたら感触が後を引くこと。

わたしの中で風介の扱いが、もう他とのそれと変わってきたことを。

ようやく笑いのおさまったヒロトがはいとわたしに箸を渡す。あの、複雑な笑顔で。


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