ワイシャツと素肌の間で居心地悪そうなキャミソールを引き剥がして、乾いた道を歩いていた。ちらほら同じ制服が見える田舎道。そんなだらりとした景色の中で一際目を引いている淡い頭を見つけるのはいつも簡単だった。きらきらしていて、絵本の王子様よりも儚くて、でも王子様みたいなひと。

東京とか、外国とか(なんて行ったことないんだけど)から迷い込んだみたいなそんな背高さんを、若者に擬態しきれない田舎娘のわたしが追う。へんなの。変だから追うだけ。ヘッドフォンで外界を遮断している彼の数メートル後ろを、わたしもイヤフォンで耳を塞いで静かに静かに歩いていく。好きな音楽と好きな視界だけに包まれて始まる朝。昨日は朝練だったのか時間が合わなかったから嬉しい。

追い抜きざまに山口くんが「おはよう!」と声をかけてくれた。片方を引っこ抜いて返事をする間もなく山口くんは月島くんに追いついて、わたしからは見えない顔を覗きこんでいる。
いいなああの距離感。外しかけたイヤフォンから手を離してため息をついた。周りの目をなにも気にせずに隣に並んでおはようして、一緒に学校へ行けるのは男友達の特権だ。男子と女子が一対一なんかで歩いていたらきっとわあわあなる。王子様に庶民が迷惑をかけてはいけない

山口くんは神経質な月島くんと仲がいいわりに結構にぶいところがあって、わたしがこっそり後ろをついて歩いている理由はあまり深く理解できていないようだ。何も言わないもののいつも不思議そうな顔をするのがそれを物語っている。山口くんがわたしに声をかけている間、月島くんがヘッドフォンで世界から切り離されていることはわたしにとって救いだった。

そしてまた、数メートル後ろを歩いていく。山口くんがちらちらとこちらを見るけれど、眠そうにだるそうに長い足を動かす月島くんはいままでただの一度も振り返ったことはない。

10分休みに偶然会った月島くんは体育終わりのジャージ姿だった。同じように更衣室へ向かう生徒に紛れるわたしに気付いて軽く目を合わせただけだったけれど、前から見る彼は今日初めてだったのでどきどきした。おはよう、も言えないまま波に流されるように女子更衣室へ向かう。いくら待ったところでどうせあちらからは降ってこない。周りより頭いくつぶんも高い月島くんが、ひとつ低くて埋もれたわたしを見つけてくれるだけで嬉しい。朝が終わって昼になっても、わたしはその程度の勇気しか持っていないまま。




午前中で帰ることができるのは確かに嬉しいけれど、数日後に控えている定期試験のことを考えてしまうとその喜びは塵くらいしか残らない。商店で買い食いができるルートから外れているからか、朝と違って人気のない真昼間。
ポケットに入れっぱなしだった日焼け止めを出すと、何も言っていないのに長ズボンが木陰へ進路をとってくれる。数歩前を歩く優しい金髪を追いかける。「日焼け止めって三時間毎に塗り直さないと持続しないんでしょ。大変だね」5月の頭にぼそりと言った月島くんの言葉に、わたしは律儀に影響されていた。

「なまえってさ、僕のストーカー?」

わたしが地べたに置こうとしたバッグを軽々持ち上げて、唐突に月島くんが言った。固まるわたしの顔を覗きこんだ月島くんは大きく腰を曲げていて、申し訳ないなあと思う。

「いえ、あの」
「彼女でしょ」
「……そう、ですね?」

こんなに屈んでくれているのに、睨むような月島くんの目はわたしのそれよりもまだ上にある。きらきらしたものなんてなにもない田舎娘のために腰を折ってくれる王子様。せめてと思って彼が褒めてくれた白い肌だけを頑なに守っている。
「じゃあ隣歩きなよ」「あ、そうだよね、ごめん」「帰りも僕が声掛けるまで待ってるし」「……ごめんね」「別に、怒ったわけじゃないし」でもごめんねしか相応しい言葉が見つからなくて、わたしはついに黙り込んだ。俯いて逃げたがるわたしを許してくれない屈んだままの月島くん。焦りながら垂らしたUVミルクで腕が真っ白になる。

月島くんがそんなわたしの腕をやわく掴んだ。大きく跳ねた肩を慌てて下げる。嫌だったんじゃないのに、勘違いされたかも。月島くんの大きな手のひらは一度だけ躊躇うように止まってから、腕をゆっくりなぞっていく。初めて彼の手とこんなに近付いたわたしの腕は、比べてみると細くて何にも使えなさそうな弱々しいものだった。引っ込めることもできなくて固まったまま、大きな手が余計なミルクを持って行ってくれるのだけを見ていた。

「後ろ向いて」
「あ、うん……、!?」
「ここが一番焼けるでしょ。ほらもう片腕塗りなよ」

淡々と指示を出す以外は喋らないまま、月島くんはわたしのうなじに手を滑らせている。確かに焼ける! 焼けるけど! 震えそうになるのを必死に踏ん張ってどうにかもう片腕にもUVミルクを垂らした。やっぱりまた絞りすぎた。
さっと首から手を離した月島くんが、肘から滑り落ちていく白を受け止めてくれる。確実に予測されていた手際の良さであった。頼りないアホだと思われている。はずかしい、申し訳ない、意味わかんない。ぐるぐるする色々な感情が、首周りをさすっているてのひらに吸い込まれて伝わってしまったらどうしよう。

蝉もまだ鳴いていないのに、ぐらつきそうに暑い。
「脚は?」「い、いいの! 教室で塗った!」「…更衣室じゃなくて?」「うん」「……ふーん」まだすこし屈んでくれていた腰を伸ばし、月島くんはわたしの首筋から手を離した。持ってくれている鞄を担ぎ直しながらいつものようにわたしの一歩前に来て、余ったミルクを無表情で自分のうなじにもべたべた付けて。わたしがもたもた手の甲を撫でるのを見ている。隣歩けばって言うくせに前に出るのなんでなんだろう。

「なんでそんな申し訳なさそうなの」
「わたしのせいで帰るの遅くなったなって」
「は? 彼女待てないほどテスト勉強困ってないから」
「えっえっと……さすがだね」
「別に。惚れ直してもいいけど」

いくよ。二人分の鞄を持ったままの月島くんがさらさら喋って歩き出す。一生懸命隣に並んだ。しまうタイミングを失った日焼け止めが、手の中でカラカラ鳴っているのだけが聞こえる。
これ以上どう惚れろと言うのか。





相変わらず華のない田舎道の上に、鮮やかな青が広がっていた。夏の匂いがする。侵食していくように熱がワイシャツの隙間から差し込んで、うなじへ吸い込まれていく。日焼け止めはばっちり塗ってきた。今日もきっと部活はないだろうから、HRの間に塗りなおしておかないと。そして自分から月島くんと山口くんが固まっているところにいく。大丈夫。できる。でも朝は勘弁してください。ばれていない様子なのをいいことに、わたしはいつも通り淡い後頭部を探す。王子様の色。あ、あった、けどでも、

「おはよ」
「おっ、!? おはようございます」
「ん」

後頭部じゃなかった。何人もの学生に追い抜かれながら王子様はこっちを向いて立ち止まっていた。そして特別なにか言うわけでもなく、わたしが追いついた途端に歩き出す。慌ててイヤホンを引っこ抜いて鞄にしまうと、月島くんはちらりとわたしの鞄を見下ろして口を開いた。

「……今日体育ないよね」
「? ないよ」
「じゃあ日焼け止め、放課後僕が行くまで塗らないで待ってて」
「帰るのまた遅くなっちゃうよ」
「だから。いいって言ってるでしょ」

月島くんはちょっと怒った声だった。昨日ストーカー云々の話をした時よりも、ずっと。月島くんの怒るポイントはよくわからない。山口くんがにぶちんだなんてわたしが利ける口ではないのかもしれない。

わたしは相変わらずもだもだしていたけれど、強引に繋がれた手のおかげで今日はストーカーにならずに済んだ。この手がうなじを滑る感触を思い出す。暑い。



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