「やばい蝉、蝉鳴いてる」

折畳みの日傘を慌ただしく片しながら開口一番助けを求めてくる年上に、蛍くんはわたしの背後に広がる並木道を見て「あー」とだけ言った。蝉の声にこの夏初めて意識を向けた顔をしていた。いつも外ではヘッドフォンとお友達だし、なにより彼は男子だから、いちいちこんな雑音拾わないのかもしれない。

「来週には転がってんのかも」
「そりゃそうでしょーね」
「蛍くんなんでそんな軽視できるの! 踏んじゃってもいいの!?」
「踏むのなまえさんくらいでしょ。僕より地面近いのに」

皮肉しか込められていない笑顔を返してくる蛍くん。みっつも年下のはずである。立ったままサンダルを脱ぐのに苦戦するわたしの手を取りながら、もう一度体育館の外を窺い見るこの年下は、小学生くらいの時は年下らしく蝉取りなんかしちゃってる坊主だったんだけどなあ。
「ちがう、踏む以前に目にしたくないの」「そんな重大なもんじゃないでしょ」「大学木ばっかなんだもん!」
ようやくサンダルを備え付けの靴入れにつっこむのに成功して、手を離す。

「烏野だってそうだし」

蛍くんはもそもそと言ってから、部員の集まるところへ戻っていった。




地域開放型の練習試合の日だと貼り紙がしてあった。授業参観みたいに部活を見れるという事だ。毎日外から見学可能なグラウンドでの活動とは違い、バレーボール部は部活のOBでもない限りホイホイ見に来れるものではない。わたしの卒業と入れ替わりのように鳥野に入った蛍くんが、思い出のジャージを身につけて、仲間たちと青春しているところ。そんなの、見たくないわけがない。

わたしくらいしか背のない子からわたしより年上にしか見えない子まで、蛍くんのチームメイトは十人十色だった。そんなみんながわっと一斉に戻ってきた彼を取り囲む。人気者なのかと思ったけれど、よくよく考えなくてもきっとわたしのせいだった。

辺りを見回してみる。他に参観に来ているのは進路見学の中学生やら、誰かの親戚なのかご近所のおばあちゃんやら。誰かしら彼女がいるだろうに女の子なんてひとりもいない。マネージャーくらいだ。スコアボードの横でタオルを畳んでいる。
わたしだけがぽっとひとり、浮いていた。つい数ヶ月前この体育館で卒業式をした、わたしだけ。

…………当たり前か。卒業以来の母校に夏の訪れ、風情が重なって少しセンチメンタル? になっているのかもしれない。きょろきょろしていたらまた蛍くんと目が合った。
わたしは彼のチームの誰よりも先輩なのだ。先程までの言動を恥じる。年上っぽくしよう。これは蛍くんの威厳に関わる問題だ。蛍くんはきっとチーム内でもかっこいい方だ。ならわたしもかっこいい『年上のお姉さん』でいなくてはならないのだ。よし。




「なあ、月島のカノジョ!?」

真っ先に靴を鳴らして駆けてきた日向は、声をちいさくして言った。体育館はよく響くから。そういう俗っぽい配慮ちゃんと出来るんだ、アホなのに、なんて思った。不愉快だとは思わなかった。から、僕は無表情で返す。

「そーだけど」
「年上? 大人っぽい」
「……服だけでしょ」

化粧は高校の頃からしている。髪型だって変わっていない。大学に入って私服登校になってから服装だけは流行に乗ったけれど、なんか似合わないし気に入らない。中身は相変わらずなのに、年だけ追い越せない。
「大学生彼女か…」「田中、顔顔」「西谷も顔」前後左右に回りこんでくる先輩の威嚇を横目に、体育館の入り口を振り返る。

持参の汗拭きシートを出していたなまえさんは、僕が見ているのに気付いて小さく手を振った。まるで控えめなお嬢様だった。いつもは全然そんなことない。さっきまでは通常運転でうるさかったし、僕の中学の時の試合だって、大きな市の体育館で蛍くん忠くんとぶんぶん手を振ってきていた。
おとなしいブラウスとスカートに、お客様用のスリッパを履いて、なまえさんは口パクでがんばれと言った。

「……年上っていうか、PTA」

そう呟いてボールを取りに行った僕に、菅原さんが「贅沢だなあ月島は」と笑った。


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