自分と同じにおいが背後からずり上がってくる感覚がして、編み物をしていた手を止めた。室内間を移動するときはちゃんとドアを使って入ってくるのに外から帰るときはなぜかこうだ。裂け目から突然現れた白い手に触れてみると、空間の間から怪訝そうな青い視線が返ってきた。

「おかえりなさい」
「なんだ、その傷は」
「え? あーこれは、」

ちょっと喧嘩しちゃって。ぴりぴりした碧い霊圧がわたしの右肩に責めるように絡まる。ウルキオラとは違って超速再生を失った身体。特に服に血が染みているわけでもないのになぜ気付くのか。彼はわたしが怪我を放っておくのを嫌う。なけなしの感情をまるごと全部表に出したかのような呆れ顔をするのだ。そんなに冷めた目で見なくたって、仕方ないじゃない。止血に使っていた布を勝手に解いたウルキオラは霊圧を読んで、また同じ相手なのかと静かに言った。諭すような、無関心のような、どっちにもとれる不思議な声だった。

「危害を与えられるなら殺せばいい」

淡々と答える男自身がこの「嫌がらせ」の理由であることに、いつもは賢いのに全然気付かない。それか気付いていても意味が理解できていない。従属官でもないくせに。そう言ってわたしに暴力を振るう同胞のこと。十刃でも従属官として仕えているわけでもないただの数字持ちが堂々とこのひとの隣にいることをよく思わない下っ端がいるのだった。ただの妬みなんだし、飽きるまで放っておけばいい。集団対一なんて、そんなもの。人間と同じ。…この、人間と同じ、というところが彼にはわからない。

「痛くないから、大丈夫です」
「……」
「………今すぐ織姫ちゃんのとこ行きますから」
「ああ」

ウルキオラは一言も喋らない誘導尋問が得意である。
編み針を簡素な机に置いて立ち上がろうとしたわたしは、数字持ちらしからぬことに右足から崩れ落ちた。まずい。そこを斬られたことは気付いていたけれどまさか。いつのまにか体制を低くしたウルキオラが、レディのロングスカートをすこしめくり上げて「腱がない」とだけぶっきらぼうに教えてくれる。動かしづらいとは思っていたけれど、今の刺激で本格的に切れてしまったらしい。左足だけで体制を立て直す身体に冷たい視線がひしひしと刺さった。





「大丈夫だよ」小脇に抱えられて浮いているわたしの足を一目見て織姫ちゃんが泣きそうな顔をしたので、わたしは笑顔を返した。治療してもらうたびにいつも言うのに、彼女は毎回毎回ほんとにへいき?なんて聞く。わたしの身体の痛覚が麻痺していること、知っているはずのに。

「ウルキオラさま、あの」
「早く治せ」
「はいごめんなさい」

お礼を言おうとして叱られるのはもう慣れた。乱暴に抱え直されて動かない足がぶらりと前に出る。超速再生できるひとには分からないのかなあ、怪我人の扱い方。

彼とは虚としてこの世界に再誕した時から共にいるよくわからない間柄である。わたしの感受性はほぼ人間なのだれど彼はその言葉とは無縁の性格をしているから、素敵な関係に進むわけでもない。藍染さまの下について彼は十刃になって、わたしは最初特殊な身体に興味を持ったザエルアポロさまの研究材料にされた。思い出すだけでも身の毛がよだつあれこれだった。痛みは想像でしかわからないけれどいくら虚でも許容範囲というものがある。あのひとの部屋は見れたもんじゃないもので溢れていて好きじゃなかった。

「君ウルキオラくさい」

研究が終わった日に言われた言葉を、繋がっていく傷口を見ながら思い出す。ザエルアポロさまの好奇心に喰い殺されなかった理由はそれしかなかった。被験体の死体を蹴り退けて逃げ出した部屋の外にはなぜかその同じ匂いのする彼が待っていて、助けてくれたわけじゃないのにひどく安心したのを覚えている。
気付いたらそばにいて、霊圧が似ていて。もしかしたら元々ひとつだったのかもしれない。強大なひとつが一部だけ欠けて生まれたから彼はどこか足りないのだろうか。こぼれ落ちた数滴でわたしは出来たんじゃないだろうか。「正反対で補い合ってるみたい」なんて織姫ちゃんも言っていた。

「はい、これで大丈夫」

冷たい腕の中で回想を巡らせているうちに足も肩も繋がっていた。「いつもありがとう」「ううん。怪我多いね」「だねえ…」もうすっかり強張らなくなった笑顔で織姫ちゃんはわたしを見上げた。もう降ろしてください、と腕を叩けばウルキオラは無言でわたしを地表にべたりと置く。なぜ優しくすっと立たせることができないのか。

亀裂が塞がった足を使って隣に並ぼうとしたら、待っていられないとでも言わんばかりにさっさと歩き出されてしまった。主治医への挨拶もそこそこに白い背中を追いかける。彼の中でこれが「心配」という胸のむかむかであることは、きっと理解できていない。苛々と同じだと思っていてもおかしくない。どうやったらうまく教えることが出来るのだろう。愛の部分を丸々ほぼ全部もらってしまったわたしとしては、この溢れて仕方ないものをさっさと彼の穿いたところに埋めてしまいたい。


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