十一番隊には基本的に女の子隊員が入ってこない。自らが配属されてはじめて気付いた最初の事項はそれだった。女性が見当たらないなとは思っていたけれどここまでいないとは知らなかった。体型のいい男かおっさんかの二択、まさかこんなとこでもう席官だっつーのに雑用するはめになるとは。わりと上位の成績で院を卒業して最初の配属は九番隊、バランスよく育つことができた。なのに昇格して見送られた先はこの十一番隊。そんなことももう大分昔の話。どれもこれもいまわたしの隣で爪やすりと戦っている彼のせいだ。彼になぜか、惚れてしまったせいだ。積まれた書類の合間をぬってうまい具合に自分の美容器具を置いてあるあたり、相変わらず手伝う気はさらさらないらしい。

「大体おかしいと思ったんです。本人も斬魄刀もガチンコ系じゃない死神なのに、こんなチンピラバカばっかの十一番隊なんて」
「まさかチンピラバカに僕も入れてる?」
「べっつにー。自分の隊に恋人引き入れるなんてアリなんですか欲まみれじゃないですか」
「檜佐木に使いっぱしりにされるよりいいだろ」

後始末と事務を引き受けてくれる人間が必要だったってだけじゃないのか。配属した時点で社畜決定みたいなもの。副隊長クラスの実力を持っているなかよし三席と五席に挟まれてもプライドを保てる人格、雑務処理能力、隊長副隊長にめげない精神力、それなりの実力。
整え終わった爪でわたしの頬をつっつきながら先輩は決め手らしき項目をつらつら並べた。言われてみると確かにちょいちょい顔を出してはいじられていたわたしはその立ち位置にバッチリだ。隊内恋愛禁止なんて規則もまあ聞いたことはない。まあ十一番隊内でのカップルなんてものはいままでもこれからもわたしたちだけだろうけれど。

弓親先輩は何とも言えない顔をするわたしを見て軽く笑うと、わたしの指を捕まえて爪やすりをかけ始めた。気付けば勝手にお手入れされているので事務が忙しくても肉体が手抜き工事になっていることはあまりない。窓から他隊の女子をナンパしているうちの平隊員が見える。

「あんな男ばっかの隊に彼女ぶっ込むなんて、自意識過剰みたいで言いたかないけど正直信じられません」
「そうかなあ」

笑みを含んだままの声はよく通る。首でもなんでもないのに基本わたしと弓親先輩の貸切になっている隊首室。先輩は声も姿も艶っぽくて、ガタイのいい隊員たちに囲まれていてもすぐわかる。野良犬たちのなかに飼い猫が二匹混ざっているかのようだと他隊のお偉いさんたちは言うけれど、より輝いて咲いているのは紅一点のわたしよりも先輩じゃないかなとこっそりわたしは思っていた。

「うちの隊、十三隊一の猿軍団じゃないですか」
「部下なら僕自らの手で遠慮なく潰せるからね」
「……なるほど」
「それに、この僕や副隊長に気に入られてるペットに手を出せるほどバカな猿は更木隊にはいないと思ってる」
「頼もしいなって思った心返してください」

ペット。ペットって。構うのがあほらしくなってきたので書類に意識を戻すことにした。こいつらが細かいことをしないせいでわたしばっかり面倒なことをこなさなければならない。
時折暇になった斑目先輩を筆頭とする上官たちが菓子を差し入れてくれたりするけれど、なぜか全然がんばってない弓親先輩が横からほぼかっさらっていってしまう。現にわたしの目の前では檜佐木先輩がくれた煎餅の空の袋を、弓親先輩が買ってきたおまんじゅうが潰しているのであった。

左手は美容野郎にとられたままなので片手だけでこなせる仕事を探す。出撃報告、なんでいちいち印押さなくちゃいけないんだろう。戦闘部隊と呼ばれるうちの隊はそれなりに出て行く仕事も多い。ここ最近わたししか握っていないであろう十一番隊印を落として紙をめくって落として、単純作業を繰り返してしばらくしたところでようやくきれいになった左手が帰ってきたので作業が加速した。と思いきや、頼んでもないのに得意気な顔をしているナルシストも肩口に戻ってくるものだから効率は変わらない。

「はあ、おせんべ食べたーい」
「僕の饅頭が不満なの?」
「不満ですよお、先輩がいっつも差し入れ全部食べちゃうからわたし毎回餡子ですよお」
「つまり僕がくれたものなんて食べられないと」
「なんでそう歪んだ解釈をするの先輩は!」

ひっつき虫が耳元でうるさい。わたしに寄り掛かったまま長い腕を伸ばして話題の菓子をひとつ取ると、先輩はそれを半分に割ってわたしの口に突っ込んだ。もうひとつは勿論自分がたいらげるのだ。たしかにここのお饅頭は好きだし買うにはわりと奮発する値段なので奢ってもらえればうれしい。確かに以前そう伝えはしたが、だからって他の人にわたしが頂いたカステラだとか金平糖だとかを遠慮なくがっつかれた挙句「ほら代わり!」と毎回饅頭を出されても。
「そんな食い意地張ってると太りますよ」「はあ?この僕が?なめてるの君」人のことなめてるのはどっちだ。

「僕だって煎餅ばっかりバカみたいに食べたくなかったよ。餌付けされてるから仕方なく」
「餌付け? このお饅頭餌付けだったんですか!?」
「それは躾だよよく聞けバカ」
「しつけ? えづけは?」
「あーもう!仕事しなようるさいなあ!」

弓親先輩はそう言ったきり、わたしの身体越しに雑誌を広げて一言も返してくれなくなってしまった。首に巻きつけるように腕を回してそのまま活字を追っている。邪魔くさくて仕方ないけれど振り払うと拗ねるのでそのまま作業を続行しよう。
先輩は無駄に他人にいちゃついているところを見せつけてドヤ顔するわりに(やはりこれも檜佐木先輩がよく被害に遭っているようだ)、自分が甘えているところは絶対に見せない。基本的に誰も来ない隊首室は仕事時間でもべたべた出来る絶好の密室らしい。監視カメラ的な探知機がついていたりしないのだろうかとわたしはハラハラしてしまうのだけれど、先輩が抵抗なくくっついてくるということは多分大丈夫なのだと思う。うちの隊の席数字がいまいち能力差の参考にならないことはよく知られている。そうこう考えているうちにいつのまにか先輩は雑誌を放って、わたしの膝の上に勝手に頭を置いていた。

「寝るんですか?」
「エクステ外して」
「……わがまま放題だな」

キスするときにたまに刺さるので正直ずっと着けないでいてほしい。促すように目を閉じた先輩の綺麗な顔から黄色を外す手慣れたわたしの手先。膝枕状態のせいで机と身体の間が空いてしまったので仕事をしにくい。しなよって言ったのはこのひとなのに。顔面に書類落としたって謝らないことにしよう。そう思った瞬間にごろんと回ってわたしの腹に鼻を擦りつけてきたので、心を読まれているのではないかとすこし肩が跳ねた。着物の黒に埋まる白い肌。指を滑らせたい気持ちをぐっと堪えてとんとんと優しく背中を叩く。たとえ仕事をしない上司でも頼りになる大好きな恋人。わたしは心が広かった。

「寝れないからそれやめて」
「……はい、すみません」

とっても広かった。


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