ずっと遠距離恋愛していたことを知っていた友達に、はじめて凛を紹介した。そんな大仰なものではなくて合同練習の時に校内をふたりでうろついているところに出くわしてしまっただけなのだけど。部活着のまま見上げてくるわたしの友だちに向かって人見知りするように小さく頭を下げた凛は彼女と別れたあと、怖い印象を持たれただろうかとしきりに気にしていておかしかった。


「彼氏さんさ、怖い人かとおもったけど、照れ屋さんなんだね」


照れ屋さん……伝えたい…。



「打ち上げまでデートしてきなよお!」「いってらっしゃい!」「せっかく時間空くんですし!」やかましく騒ぎ立てる渚くんと似鳥くん、それから江ちゃんに半ば追いやられるようにして、わたしと凛はまだ太陽の元気な秋空の下に放り出された。
6時半に岩鳶駅前の焼肉だよ!校門の前で叫ぶ真琴に手を振り返してわたしたちは彼らと逆の道へ。仲直りしてからは合同練習が解散するといつもこれなのだ。あの小動物のような後輩が三人合わさると、面白がっているのか純粋に応援しているのか分からないので下手に叱れない。
なにより凛も真っ赤になるわりには文句を言わずわたしとふたりの道へ進んでくるので、もうこっちはどうしようもないのだった。

「今日の凛のおべんと、怜君がメニュー考えてくれたんだよ」
「おまえ作っただけか」
「わたしは似鳥くんみたいに毎日あなたのコンディションによってバランス変えたりできませーん」
「…………あいつの弁当さあ……ファンシー」
「男子高校生が男子高校生に作ってるのに!?」

これは嫌味言ってる場合じゃない。今度写メをもらおう。遠い目をする凛に約束を取り付けて現実へ引き戻す。手を繋ぐと汗をかくけれど離れていると風が吹き抜けていく季節だった。人が歩いていないのをいいことにリュックサックをがさがさ言わせて腕を組むと、凛はなぜか後ろを確認してから「寒い?」と聞く。さすがにストーカーはされてないんじゃないかなあ。
「大丈夫だよ?凛は」「屋外プールもうさみィ」「貧乏公立なもんで」そろそろ岩鳶での練習はなくなってしまうだろう。けれど凛は多分いままでと違って、よくこの街に遊びに来てくれるのだろうなと思う。

本当になんのプランもなくただ放り出されたので、困ったわたしたちはあてもなく歩いてたどり着いたゲーセンでプリクラを撮った。帰国子女は最近変顔を出来るようになってドヤ顔である。オーストラリアのプリクラの技術はまだまだここまで発展していないらしい。「全然ナチュラルじゃねえ」と笑いながら目元選択をする凛。

「ハルたちとぶらぶらする予定だったからひまだねえ」
「んー」
「打ち上げさ、部長さんくるの?引退しちゃったんじゃなかったっけ」
「んー多分くる」
「凛さ? わたしは気にしないけどさ、無口になるほど落書きに集中するのどうかと思うよ」

ハルとはまたちがう芸術家肌なのかなんなのか。わたしたちを楽しそうに追い立てた彼らは何をしているのだろう。よくよく考えたら夕飯の時間まで待たなくともこのままファミレスに流れてしまえばよかったのだ。相変わらず何がしたいのか分かりやすい友人たち。
全然こっちを見ないものだから悪戯でリンリンってハートマーク付きで書いてあげたのに、印刷されて出てきたプリクラを見たらいつの間にか勝手に消されていた。怒りながらゲーセンを出る。さて。暇だ。こういう時高校生は大体カラオケなのだけれど、凛とカラオケに行くと長くなるのでやめにする。

こんなに街が狭いのにハルたちに出会わないという事は、気を使って家に篭ってにやにやわたしたちのことを話しているか、凛の恐れる通り後ろから探偵ごっこしているか。後者じゃないといいなあ。新人探偵竜ヶ崎が加入してから彼らの追跡はやけに本格的になって、直感勝負の得意な凛でもわりと気付くことが出来ない。

「何飲む」
「普通の紅茶」
「ケーキは?」
「ごはんが入らなくなるよ」
「じゃあ俺が食お」

最初から素直にくださいすればいいのに。
男が一人でミスドやケーキ屋に入りづらいのと同じ感じだろうか。これから焼肉に行くというのに、チョコソースをたっぷりかけられてきらめいているスポンジは見ているだけで胸焼けしそうだ。これで特別甘いものが好きなわけではないと言うのだから外国の味付けというものはどれほど大仰なのだろう。ハルが渚くんのイワトビックリパンで死にかけた話をすると凛はけたけた笑った。凛ならまだ食べられるのかもしれない。

夏はもうすっかり終わってしまったというのにまだ弱々しくエアコンがついたカフェ店内。塩素を吸い込んで乾いた凛の髪が機械的な風にさらされて動くのをただ眺めていた。時折凛はこっちを見て、一口分のケーキを差し出してくる。別に催促しているわけではないのだけれど「うまい?」と聞く凛の頬杖をついた笑顔が嬉しくて、わたしは結局食べ飽きた地元の味をいただき続けてしまった。

ずっとこの街にいなかったのは凛だけで、こっちは彼が戻ってくるまでの何年間この岩鳶で生きていたのだ。ここのケーキの味くらいとっくに知っているのだ。それでも懐かしいものを発見して目をぱちぱちさせる凛を促すのが好きで、この頃のわたしは昔のマイブームをなぞるかのような生活をしている。ひとつひとつ思い出すかのように。全部覚えているのに。

「江ちゃんも渚君もここのケーキ好きなんだよ、今度はみんなで来ようよ」
「ハルたちもみんなで?」
「うん」

凛は音がしそうなくらい長い睫毛をまばたきさせながらメニューを広げてみせた。江ちゃんはこれ、渚君はこれが好きなんだよ。わたしがそう言って写真を差すと、凛も遙は昔これなら食べられて云々かんぬんと小学生の時の話をしてくれる。その頃からの付き合いなのはわたしも同じなのに。
怜君が好きそうなのはこれ!と謎の目星をつけたあたりでわたしの紅茶がなくなった。さりげなく食休みの希望をとってから伝票を持った凛が立ち上がる。

ドアから覗いた空はもう紫を通り越そうとしていた。ひとりでがんばっていた太陽がいなくなってしまって、秋風に晒される生足がすこし肌寒い。店前に置かれたメニュー表を振り返ってふと凛は言った。

「お前はどれ好きなんだよ」
「わたし? 凛が食べてたのが一番好き」
「…じゃあ二人でちょうどいいじゃねーか」
「ハルたちはいいの?」
「ハルたちは、あれだ、渚がつれてくし」
「そんなご勝手な」

ご勝手で結構だけれども。思えばここ数カ月はハルがなんたらハルとうんたらと今までの反動のようにそればかり聞かされ続け、2人だけでデートをしようと明確に誘われていなかった。気にしていなかったあたり結局わたしも彼らと一緒にいるのが好きでたまらないらしい。カップルは徐々に雰囲気が似てくると言うけれど、それはそれでどうなのか。
わたしよりハルのほうが好きな訳ではないことはわかっている。仲直りした彼らにわたしとの関係を見守られているのが恥ずかしくて、集団行動の方に逃げてしまうのだとなぜか江ちゃんにも謝られたことがある。

駅そばの店ビル前にはどこをどうわたしたちを避けて移動していたのか、もう水泳部たちがわいわいとじゃれて遊んでいた。「あ、凛先輩!」「凛ちゃーん!」小動物のセンサーは今日もフル稼働のようだ。

「デートどうでしたあ?」
「ちゅープリみして?」
「撮った前提で話進めんな」
「だって先輩の携帯の待受が…」
「っはああ!?なんでお前いつ見たんだよ!?」
「ちゅーなの!?」
「ちげえよ!」

駆け寄ってくる後輩の動きに合わせて凛はさりげなく繋いでいた手を離す。背の低い彼らに彼女ばりにまとわりつかれている我が彼氏は、ゲンコツ二発を披露した後しばらくこっちを見てくれなかった。あー。デート、またお預けかなあ。



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